はてなキーワード: 遺跡とは
ケールリング人間観というものがある。これはケールリング・ヨヅという分類学者の提唱した「自然や神や宇宙や猫といった強大な存在が広がり闊歩するこの世界にあって、人類は怯える弱者以外のものにはなりえない」という思想で、おおむね人類を卑下する文脈において語られる。
人間は弱者である。人間は野を這う魔獣になす術なく蹂躙され、竜によって理不尽に殺戮され、神々によっては容易に滅ぼされる。人間はこれら脅威に抵抗することなどできはしない。
数度に渡る地獄解放事件を見るがよい。当時の我々にできたのは、同胞が異形の存在によって喰い散らかされるのを物陰に隠れてただ見守ることだけであった。今の平穏だとて、決して人間が勝ち取ったものではない。ただ竜や神が人間に興味をなくし、たまたま今その脅威の矛先を向けていないに過ぎないのだ。連中がその気になれば、人間の命運など十日やそこらで尽きるだろう。
人間は真の力に対して無力である。己の住処でただ静かに身を潜め、次の標的とならぬよう運を天に任せ祈るのが人間に残された最も賢いやり方である。
それとは逆にヨンダライト人間観というものもあって、これは「人類はあらゆる存在の中で最も優れた存在であり、その叡智をもってすればいかなる困難を克服することができる」という思想になる。提唱者のヨンダライト・ハルアモンドはケールリングよりも後世の人間で、その文面もケールリングのそれと対比するように書かれている。
人間こそが、この世界にあって至上の存在である。魔獣も紀竜も神々も、遂に人間によって退けられた。我々の知恵と結束と勇気をもってすれば、いかなる存在にも我々の存在を断つことはできないのだ。
たとえば神々の時代より残された数々の遺跡について考えよう。永遠に未踏の地と言われたそれらの遺産を、いま我々人間は次々と踏破している。紀の宝玉を手にして世界の命運を握るのは、人間の中でもっとも無力であるはずのたった一人の娘に他ならない。度重なる地獄解放においても、我々はその全てを自らの力で退けてきたではないか。
人間は異形を調伏し、竜に打ち勝ち、神をも越えた。今後いかなる困難が人間を襲おうとも、我々はその貪欲な生命力をもってこれを克服し、征服することだろう。今や世界の頂点は、我々人間そのものである。
というところまで書いたけど特にオチは思いつかない。前者は悲観に過ぎるし、後者もまた楽観に過ぎる。クトゥルーの邪神がうようよいるなら前者を採用してもいいし、イーガンのディアスポラくらいになれば後者を採用してもいいかなとも思えるけれど。今は過渡期なのかなあ。
勢いだけで生硬な、到底面白いとは思えないネタ文章が100も200もブクマを稼ぐ。それに引き替え練りに練った自分の文章は誰にも見向きもされず野晒しになったまま数ヶ月、やがて自己憐憫から書くのに二週間も費やしたそれを消去した。ローカルからもすべて。ためらいはなかった。わかっているよ。自分に創作能力がないなんてことは。
とくに興味深いところのない有名ブロガーが思いつきのようなフレーズを適当に呟いて40も50もブクマを稼ぐ。皆が何をありがたがっているのか自分には少しも理解できなかったが、自分もそれを真似て呟いてみた。毎日欠かさず呟いていた。しかし反応はなかった。わかっているよ。自分には適性がなかった。読み返してみたらまるで狂人の呻き声みたいではないか。そこには面白がることが困難なほど真に迫った、真性の異常者が確かにいた。
ブログをはじめてから二年ほど経つ。訪問客は検索エンジンに騙されて連れてこられるようなやつらばかりで、ブクマされることもなければコメントもつかなかった。ブログ上には独り相撲の痕跡だけが地層のように淡淡と積み重なって、むなしさばかりが募るのだ。わかっているよ。自分のハンドルネームに時間をかけて人格を宿したところで誰も自分に興味を持たないのだから無意味だということは。ブログを投げ出して遺跡になっても誰ひとりとして掘りかえしてくれないだろうことも。
藁にも縋る思いでブックマークを使い始めた。他人の嗜好が理解できれば自分を認識させることができるに違いないなどと白白しい夢を見たのだった。これまで他人の書いたものにはまったく注意も敬意も払ってこなかったが、このときばかりはひたすら読んだ。意味を解体し、舐めるように読んだ。千や二千ではきかないくらい、とにかく読んだ。しかし、自分のブックマークページに誰かの文章が陳列されることはなかった。きっと自分は、素直に他人の意見を受け入れられない、自分にしか愛情を注ぐことができない人格破綻者なのだと自己分析してからセルフブックマークに挑戦してみたが、それでもページは白いままだった。わかっているよ。他人を認めることができない質で、そんな自分が好きになれないということは。
何の因果か増田に流れつき、ここで駄文を書きはじめた。様様なことを書いた。長大で退屈なネタ文章。同情を誘おうとするみっともない、頭の悪い文章。意味ありげなほのめかし、呟き。それらすべてにもやはり反応はなく、つまらないと嘲弄されることすらなかった。一方でブックマーカーを揶揄する本当に意味のない、つまらない文章には続続と反応があるのだった。一度だけ魔が差して、それを模倣したことがあったが、それさえも放置されてしまうという非情な現実。
わかっている。わかっている。わかっている。わかっている。わかっている。
自分は世間の隙間にある誤差みたいな人間だ。そんなの今更だ。わかっている。ネット上だけのことじゃない。慣れたものだ。でも。でも、ショックだった。だから、しばらく増田からも離れていた。
そして今日、久しぶりに増田にログインして自己記事一覧を確かめてみたら直近の文章の末尾に1userとあの赤字があって言葉もなく凍りついてしまった。辛うじて動くひとさし指でマウスホイールをおそるおそる撫でてみると、
1user
1user
1user……
今までに書いたすべての文章にそれぞれひとつだけブクマがついていた。呆気にとられながら赤字をクリックしていく。次々と。たちまちタブが増殖して、壊れ物を扱うようにそれをクリックしては読んでいった。最初は緊張していたが、それもすぐに消えた。そこにあったのは他愛もない可愛らしい感想か、あるいはやさしいタグだった。ほっとした。しかしひとつだけ意外なことがあった。自分の文章をブクマしていたのはすべて同一人物だったのだ。まるで狙い打ちしたかのようにことごとくブクマしている。
呼吸が止まった。鼻の奥がツンとする。世界が輝いてみえた。どうしてこんなことになったのだろう。あのidがまぶたの裏に残ったまま消えてくれない。誰かの名前を憶えたのは、気にかけたのは、これがはじめてだった。
恋をした。
岡崎市の乙川河川敷で路上生活をしていた女性(69)が殺害されて見つかってから半月が過ぎた。事件の前後の被害を合わせると8件7人の路上生活者が襲われる事件が発生したことが判明。市内に約50人いるとされる路上生活者の7人に1人が被害に遭った計算になる。事件以前の平和な日常が徐々に戻りつつある一方、いつ襲撃されるか分からない不安を抱えている路上生活者もいる。路上生活者を取り巻く現状を探った。
先月19日、午前3時過ぎ。同市真宮町の真宮遺跡の休憩所で寝泊りしていた男性(55)が4人組の若者に襲われた。男性は襲撃後「しばらくは人が近づいて来るだけでおびえた」と話す。それでも4年間暮らし続けた休憩所の寝床を離れることは出来なかった。「もうこの年で岡崎を離れるのは大変。一から生活をやり直すのにはものすごく労力がいるけんね」
5年前、仕事のために九州から岡崎に出てきた。仕事中にけがを負い、左手は自由に動かない。生活費は貯金だけが頼りだ。「もう行く当てがない。これからも平穏な日常を過ごしたい」。男性は空を見上げた。
事件後の金曜日の24日、名鉄東岡崎駅周辺では、駅周辺の路上生活者のために同市竜美ケ丘の日系ブラジル人の会社員、シシド・マサトさん(55)ら5人がおにぎりとお茶を差し入れた。東岡崎駅周辺で行われている唯一の路上生活者への支援活動で、事件後も、以前と変わらず20人ほどの路上生活者が列をなした。
シシドさんは5年前に仕事の都合で来日。東京駅で寝ていた路上生活者の姿を見て「日本もブラジルと同じように貧富格差があるのか」と衝撃を受け、職場の仲間とともにボランティアを始めた。4年前から東岡崎駅周辺で、週1回路上生活者に食料を差し入れる。シシドさんは「僕らの差し入れを当てにしてくれていることはうれしい。でも僕らには差し入れをすることしか出来ない。精神的なケアは出来ないです」と複雑な表情を浮かべる。
一連の事件を受け、岡崎市も急きょ、市内で暮らす路上生活者に緊急巡回パトロールを実施した。13カ所で6人の路上生活者と面会したといい、巡回した市職員は「事件後、移動した路上生活者が多いように感じるが、面会した路上生活者の中で不安を口にした人はいなかった」と話す。市は相談があれば受け付けるが、特別なカウンセリングなどは考えていない、というスタンスだ。
名古屋市内の路上生活者に対して週2回の炊き出しと週1回の夜間パトロールなどの活動を行うNPO法人「ささしま共生会」(名古屋市中村区)の高木栄子さん(52)は「県内でも路上生活者が少ないとされていた岡崎での事件。路上生活者の中には精神的に不安定になっている人もいると思う。犯人がどういう意思で事件を起こしたのか分からない段階だからこそ、行政や警察がしっかりと路上生活者をサポートしていくというメッセージを出すことが大事だ」と訴える。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061207-00000072-mailo-l23