なぜ男女らしさにこだわるのか?
自分は男(女)だが、いわゆる世間が言うところの男(女)らしさは持っていない。
逆に世間が言うところの女(男)らしさに近いものがあるが、それは固定概念に過ぎない。これは「自分らしさ」である。
自分は男(女)で、しかし世間が言うところのらしさに合致しない。それを認めろ。
なぜこれでいけないのか?やはり納得行かない。ジェンダーレスな世の中を目指し、男らしさ女らしさの概念を取り払う方向に行くことに、何か問題があるか?
Permalink | 記事への反応(1) | 23:05
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