なんとなくの目標で、なんとなく遊びながら勉強やってたら、なんとなく最高峰の大学に入ってしまった。
別に地頭がよいわけではなく、むしろ悪い方だと思う。でも、ひたすらの傾向と対策で受かってしまった。受かってしまう。おい◯大!こんなやつ受からせていいのかよ!と叫びたくなる。
んで、当然立派な目標などあるはずもなく、だらだら過ごしていた前期の単位はぼろぼろだった。
夏休みに入って、これじゃ不味い、最高の機会を逃すのはもったいない、親にも申し訳が立たない、と思い直して、色々動いて多少はましな意識になった。
でも結局何がやりたいんだろう。分からないが、再履修で挽回できる単位は挽回して、各所に参加して、精一杯やろう、という後期の抱負。
今やりたいことがなくても、すぐに進振りはやってくる。 進振りのときに「やりたいこと」が見つかったとして 成績が悪ければそこから頑張ってももう手遅れ。 社会の縮図を見るよう...
TじゃなくてKなので学科という範囲では進むべき方針は決まっている、というところです。ただ、もっと具体的な分野への配属は成績別なので、そこでまさに「もう手遅れ」になる可能性...
場合によっては文理すら超えた方向に飛ばされる恐怖に比べれば、 学科内で多少違うぐらいならまだ傷が浅いだろうって部外者からは思ってしまうなあ…… 同じ学部学科内なら大学院進...
京大を「最高峰の大学」などと言える間は、まだ京大生になり切れてない。 ちゃんとした京大生になれた暁にはもっと卑屈になれる。
ある意味「最高峰の大学」という形容は、十分卑屈かもしれない。 以下自分の大学を呼ぶ際の例示。 東大生→「東大」 京大生→「最高峰の大学」 阪大生→「関西の旧帝大」 九大、名...