いじめられる側にも原因があるってのは標的になる原因だ。
それは相手がどんな原因を持っていようが関係ない。
いじめは当然悪だが必ず起きる。
原因をなくすことでいじめがなくなるなんて思ってもない。
ただ、避けるためにどうすればいいか、いじめられる側も自衛のために変わるという道もあるということを教えるべきだ。
どう変わるか、はその原因の部分だ。
変わるか変わらないかは自由だ。
変わらないからいじめられても仕方ないなんて絶対に言わない。
原因を作ったからって責任はないんだ。
女の子は暗い夜道を歩かない方がいいよ。これと同じことなんだ。
Permalink | 記事への反応(0) | 00:48
ツイートシェア
いじめ問題について語る時「いじめられる側に原因がある」のか、「いじめる側が悪い」のか、という2択の声がよく上がる。 しかし、だ。何故いじめられる側には「原因」を追求しよ...
いじめられる側にも原因があるってのは標的になる原因だ。 それは相手がどんな原因を持っていようが関係ない。 いじめは当然悪だが必ず起きる。 原因をなくすことでいじめがなくな...