強いことと、弱音を吐くことは別問題だろ。
恐ろしい物に立ち向かえることと、勇気があるのとは別問題なように。
恐ろしい物に立ち向かうだけなら、単に恐怖心を感じない人間にも出来る。だが、恐怖心を感じない人間は恐怖心を感じないがゆえに何処かで挫折する。周囲を巻き込んで大問題を起こす。バカッターのように。
勇気があるというのは、恐怖心を感じても、弱音を吐きながら、立ち向かえることだ。
そもそも、強い弱いというのは、中世よりももっと前、狩猟時代の考え方だ。
物づくりをするのに、強いも弱いもない。
人は強くなければいけない。弱音を吐いてはいけない。 だから、弱さを持ったとき人は、正しさに頼ってしまう。 その正しさの使用方法は、いくつかのパターンがある。 ① 自身の...
強いことと、弱音を吐くことは別問題だろ。 恐ろしい物に立ち向かえることと、勇気があるのとは別問題なように。 恐ろしい物に立ち向かうだけなら、単に恐怖心を感じない人間に...