元増田。
それこそmixiとかブログとかでこんなぐだぐだ書いてもあんまり反応ないのにふと殴り書いた増田でいっぱいブクマコメとか来て俺歓喜。みんなありがとう。
増田の良いところは、こういうことをストレートに書けて、さらにみんなからストレートに反応してもらえる点だと思う。
自分はmixiはリアルの友達内だけでやる使い方をしているので、こういうことはストレートに書けないし、書いても悪く言えば馴合い的な、ストレートでないコメントしか返ってこないと思う。
やさしく撫でてもらうのは気持ちいいが、そればかりでは満足しない。ストレートに殴ってくれる方が気持ちいいときもあるものだ。匿名の利点。
もっとも、ストレートに自分の思いを言えてストレートに打ち返してくれるほどに信頼の深い友人がいないのが問題だといえば、もちろんそうなのだが。そのあたりは努力しつつあるので許してほしい。
「ポジティブなことばかりじゃなくて、ネガティブな面も少しはさらけ出したほうが共感が得られる」というのは、確かにそうだと思う。
誰だって、少し影があるくらいが魅力がある。
問題はその程度で、「少しくらいの影」を通り越して「どろどろの闇黒」くらい、ちょっと引いちゃうような鬱日記を書いたりしちゃうから始末に負えない。
昔「素直すぎるよね」と言われたが、要はそういうことなのだ。自分は思ったことを素直に晒しすぎる。最近気づいた。
人との係わり方をうまく心得ている人は、意識するしないにかかわらず、「影の作り方」というのを心得ているように思う。どこまでのネガティブをさらけ出せばそれが魅力になるのか。それがうまいひとは、自然と人とのかかわりもうまくいく。
素直なのも良いことだが、この件に関しては、自分はもうちょっと意識してコントロールしないといけないなと思う。自戒。
「書き込みの内容よりもまず根本的に内在するネガティブ要素を解決すべきだ」というのは、もうまさにそのとおり。
ただ、それができていないからこそ、ついつい日記で愚痴ってしまうわけで。
とりあえずはネガティブな心情の吐露を意識してコントロールしつつ(対症療法)、同時に根本的なネガティブ要素を解決する(根本治療)という両者の作業が必要だ。
もっとも、根本的ネガティブ要素は人の心にこびり付いた錆のようなもので、往々にして解消しきれるものではない。精神の闇黒は根治しえない我が人格の一部でもある。
だからこそ、自己の精神に巣食うネガティブな要素に振り回されないように共存する、という努力も大切になってくる。それができるということが、「ネガポジ含めて面白可笑しく相対化」するということなのだろう。難しいがこれができると一番心は楽になる。
「ネガティブを溜め込むのは、自分の精神によくない」というのは、事実。我慢しきれなくて溢れたのを書くのだから。
かといって、他人に向かって「ネガティブ」を吐きつけてから「だって仕方ないじゃない、私はこんなに苦しいの!」と言っても通るものではない。比較的ポジティブな人間にとって、いきなりぶつけられる他人のネガティブは、言ってしまえばたしかに「うざい」。
溜め込み切れなかった分は、チラシの裏なり増田なり壺にでも吐きつけてしまうのが一番いい。他の増田にはいい迷惑だが。
そういうわけで、自分のなかのネガティブとの付き合い方は、おおむね感じになるのではないかと自分の中で納得した。
頭で分ってちゃんと実行できればいうことはないのだが。
ちょっともやもやしてたのがすっきりした。
ああー、「民主主義の誤作動」の人かあー。と単純に納得するのもどうかと思いつつ、やっぱり腑に落ちるものはあるなあ。
たしかに昔は、入れてないのも多かったかもしれない。
でも逆に、本当に中出ししてることを証明するかのごとく、膣から漏れ出る精液を見せるカットがあるのもけっこう見たことがあるよ。
それが、モザイクが濃い当時における「入れてます」アピールだったんじゃないか。
その代わり、あの頃は顔射がなかった気がする。一方、腹や胸に出すのはあった。葉山レイコみたいなアイドル系だとね。
AVでも、見せ方のはやりすたりはあるんだと思う次第。
葛藤あります。めちゃくちゃあります。
頭の中でものすごく言い訳を考えます。
譲って「ありがとう、どうぞお構いなく」と言われたら恥ずかしい。
譲って「次で降りますから」と言われたら恥ずかしい。
尻が座席にのりづけされているように思えてくる。
いっそのりづけされていれば、席を譲らずにすむからいいなと考える。
疲れていないときは、次の駅で降りるふりをして電車を出て、いくつか離れた扉からまた乗ることもある。
座っていた席がどうなってもかまうものか。
疲れているとか荷物が多かったりで立ちたくないときの気分は最悪。
隣で座ってる人、立ってくれたらいいなあとか考えます。
おめでとう!ただただおめでとう。
あなたの勇気におめでとう。
先輩の勇気におめでとう。
このあと、もっと勇気が必要なときが来るかもしれない。
でも二人の勇気を合わせて、乗り越えていってほしい。
おめでとう!
最後にもうひとつ、おめでとう!
電車の座席で大また開いて座って、スペースの無駄遣いしてるのって、一見優男風の青年(大学生から社会人数年くらい)の人が多いような。
お前が足閉じれば、あと一人座れるだろうが!って言いたくなる。言わないけど。
あと、老人や妊婦に席譲る人ってホントに少ないね。優先席に座ってる人でも。
僕は優先席以外でもチャンスがあれば譲る習慣がついてて、それくらいで良いことしたとは思わないけど、一方で譲れないときは心苦しい気分になる。
譲らない人はそんな葛藤は全くないのかな?
http://d.hatena.ne.jp/goodhome/20080824/1219572102
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/goodhome/20080824/1219572102
Midas 集団リンチみたいな真似はやめたら?
http://anond.hatelabo.jp/20080920001530
ただこういう人達って一定のちやほやしてくれる人が常に周りにいるので、「後付の正義感でも全然問題ないですが何か?」「集団リンチはやめろよ」と言ってくれる人が常にいる。たとえ自分が他人に対して人格否定や集団リンチまがいのことをしていても。あ、asami81の発言を批判している一部の連中が気にくわない、ってだけの人が「敵の敵は味方」ってことで応援しているように見えるってゆうケースもあるけどねw
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20080920001530
Midas 惜しい。アサミがそうだとは思わんが、アイドルとはかつての豊饒神とキルケ(地獄の罰で人民の汚物を糧とする呪いをかけられた)正負を組合せた記号で、その存在そのものが情報商材と同等の社会的機能を果たしてるのだ
なに必死になってんすかw
ひと瓶なるな・・・何か作れないかな?
文科相と国交相(建設相)と両方経験あるからねえ。
「国土交通大臣なんてやりたくない、文部科学大臣をやりたいんだッ!」という心の叫びなのか。
大臣になって話を聞いてくれる人が増えた(=うかつなことを言えなくなった)のに、つい今までの調子で放言かましちゃったのか。
「入れられた時の演技が難しいから先っちょだけ入れてくれ」
っていう女優もいるとか聞いた。(かなり昔の話だが)
ハリウッドだって本番やってるしね。
要はリアリティの問題じゃね?
「本当に爆発させる必要は無いじゃん。CGでいいじゃん。」ってのと一緒。
それなりに受けてたと思うね。幸いなことに俺を受け持った教師はそういう事案に対して適度に手を抜いていたから(慰安婦関連の感想文を白紙で提出しても何も言われなかった)度合いは少ないだろうけど。