2024-02-29

「いい話」の中身に感動しているのか、自分に「いい話」を提示してくれたことに感動しているのか

この歳になると、心の底から「いい話」だと感じる話題が少なくなってくる。

から、本当に「いい話」だと感じてその中身に感動してるというよりは、自分に「いい話」を提示しようとしてくれた、その他人もしくは伝達媒体に感動してるという気分になっている。

まり、心の底では「いい話」だと思わなかったとしても、「いい話」を伝えてくれたことに感謝している、という気分なのだ

でもまあ、それこそリアルな「いい話」なのか。

無力で価値もさほどない人間である私に、「いい話」という素晴らしさをわざわざ見せてくれる他人存在

もしくは、社会存在というのは、やはり感謝感激雨あられと呼ぶべき稀有存在なのだうから、泣いて喜ぶべきなのだろう。

仮に、それが本当に「いい話」だと思えなくても。もう、それが与えてもらえただけで十分「いい話」なのだ

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