自分は手術しないと幼児のうちに死亡する病気を持って生まれてきたが、幼児の時に手術して生き残った。
幸い、頭は良かったので、中高はキリスト教カトリックの進学校に通えた。カトリックは性転換手術を非難する。
持って生まれた体を人間の都合で書き換えること自体が、神の意志に対する反逆だ、と教えるのだ。
では自分が手術して生き残ったのは正しいのか?神はもともと自分が幼児のうちに死亡するように計画なさったのに、人間の都合で自分が生きるように書き換えた。それは罪ではないのか?性転換手術とどう違うのだ?
手術しなければ死ぬ病気で生まれたことがばれたら、キリスト教徒は豹変して自分の死を願うようになるのでは?
中高の時、神父たちは自分の疑問にうまく答えてくれなかった。結局、宗教というのは健康な一般人を相手にしていて、自分みたいな例外ケースに対してうまく説明できようができまいがかまわないのだろう。数の暴力というやつだ。