2022-08-15

産地直送 顔が見える野菜

今年は地頭の出来がいいと聞いたので農協会館から外に出て隣の畑を見たらまあ、あるわあるわ、土から丸々としたイガグリ頭が突き出てずらりと並んでいる。一目見て思わず変な声が出てしまった。

その声が聞こえたのか、向坂さんも会館から出てきた。畑一面の地頭にやはり驚いたらしく、しばらく見入ったまま動かない。向坂さんは白い夏のニットタイトジーンズを合わせて、黒いロングブーツで畑の土を踏む。月曜はだいたいこの格好をして仕事にくる。

「今年はまたずいぶんできたねえ」

うっとりしたような声を出して、向坂さんはマルメンライトに火をつけると、煙の輪を静かに吹きだした。

「雨が多くて心配だったけど、まずまずだね」と私は相槌を打つ。

「そうねえ、これだけ出荷したら、今年はバケットを買うのに困らないでしょ」

向坂さんがそう言うが早いか、イガグリ頭の一つが目をむいてこちらを見上げ、

バケットじゃない、バゲットだ!」 と叫ぶ。

他のイガグリ頭たちはどよめいて、「いまだにフランスパンバケットと言ってる奴がいるとか」「ちょっと教養なさすぎじゃないか?」などと言い合う。

向坂さんは遠くからでも聞こえる音量で舌打ちをして、

「はあ? なんかくっせー奴らがいるみたいなんだけど、バケットつったらバケットなんだけど? フランスパンとか何の話?」

地頭たちもいきり立って、

フランス語baguetteは細い棒のことだからあのフランスパンの形状を表しているんだろうが、そんなことも……」「教養問題が」などと早口で唾を飛ばしながら声が高くなる。

そうこうしているうちに向坂さんは会館の裏からメロン色の油圧ショベルに乗って現れ、るあ、という掛け声とともに、掘削用バケットをイガグリ頭に向けて振り下ろす。赤いしぶきがバケットの先端に飛ぶ。

地頭たちのどよめきは一瞬で止む。

向坂さんは油圧ショベルから降りて、ぱっくり割れ地頭の上にしゃがみこむ。

「あのさ、バケットっていったら、これじゃないの? 普通農協で買うバケットつったらさ、ン?」

ジーンズを下ろし、しゃがんだ白い尻から地頭めがけて有機肥料を投下しようとする向坂さん。その後ろから私は脇に手を入れて静かに引き上げ、まあまあそのくらいで、となだめる。もう出荷なので、売り物なので。

「まあそうだったね、これがこれからバケットになるんだからね」

話しているうちに梱包材屋さんの配達が来てようやく本来仕事が始められる。地頭を一つずつねじって収穫してからビニール袋に詰め、出荷準備をする。今年の地頭はどれも大きめで、すべて梱包が終わった頃には少し腰が痛かった。

これから道の駅ワゴンを設置して、『産地直送 顔が見える野菜』というポップを立てて、地頭を売る。この光景を見ると、毎年夏も後半だなあと思う。

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