天秤の両側に犠牲者を積み上げ、常に数が少ない方を選択してきた衛宮切嗣はその存在自体が間違っていたのだ、と我々は学んだのではないか。
まゆりを殺して紅莉栖を助けるか、紅莉栖を殺してまゆりを助けるかの選択に苦しめられても、執念で世界を騙して両方を助けたオカリンの姿を我々は目にしたのではないか。
どちらかが死ななければ世界が滅びる状況で、自分が犠牲になればユルゲンシュミットが助かるのだからどちらを選ぶかなんて明らかではないか、と自ら死を選んだヒロインさんを、「フェルディナンド様が助からなかったら世界が助かっても意味がないでしょう?」と言い放って助けた地雷さんに感動したのではないか。
でもオッカリンさんは泣き過ぎだとおもうの
「主人を犠牲にしないために、他の者を犠牲にしても仕方がない。王を求める世界の理屈というのも、結局はそれにとても似ている。ーー恭には王がいない。これから先、幾万の民を犠...