2011-08-19

今日明日もまた次の日も、同じような静かな日が続くことを男は夢見て働いてきた。贅沢はできないが貧苦を耐えしのぶ必要もないほどに資産たまると、彼は隠居した。

定年を待たずに小さな貿易会社を辞めたとき、机の上に差し出された辞表と彼の顔を見比べながら、上司ぼんやりと薄暗い顔でため息をついた。これから悠々自適ですか、いいですねと声をかける同僚はいたが、引きとめられもせず、別れを惜しまれるわけでもなかった。そもそもお互いのことをそれほど詳しく知らなかった。かれこれ二十年近くも同じ職場にいながら、相手のことをもっと知ろうとはお互いにしなかった。

彼は万事において関わりの薄い男であった。会社の中でとくに親しい人がいるわけでもなければ、外に友人がいるわけでもなかった。五十を過ぎるまで結婚もしたことがなかった。若い頃には幾人かの女と付き合ったことがあったが、いさかいの末にいずれからともなく連絡を取らなくなるのが常であった。ずっと一緒にいたいと言った女が一人いた。好きだけど今は結婚すること自体にイメージがわかないのだ、ともごもごいっている間に、女は年上の男を見つけて結婚していった。元気でねと丁寧に手紙をよこしてきたので、幸せになってくださいと返事した。折にふれて思い出すこともあったが、数年経つと何か遠い昔の出来事のように感じられて、感慨もなかった。

  • http://anond.hatelabo.jp/20110819000451 五時に目が覚めるとあたりはまだ少し薄暗かった。五十を越えた頃から長く寝ていることができなくなってきた。若い頃は目覚まし時計が鳴ってからも布団...

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