2010-02-14

ベーシックインカム神話

ベーシックインカム(BI)が何やら「あるふぁぶろがー」の間で流行りになっているようですが、中身を見てみますと、金額や財源などの具体的制度設計はほとんど統一がとれちゃいません。そしてどうやら、この支持者たちの論の立て方の杜撰さが、無用な期待や反対論を生み出しているようです。

けれども、この制度って期待されている(あるいは恐れられている)ほどご大層なものではないと思うのです。

それと申しますのも....

1.BIは単なる非効率な所得の再分配

単純に、年収がA:0万、B:100万円、C:200万円、D:300万円、E:400万の5人がいるとしましょう。この5人の間で150万円のBIを行うとします。つまり、150*5 = 750万(全員の収入合計の75%)が必要になるわけです。財源は、分かりやすく所得税75%一律課税としましょう。すると、どうなるでしょうか:

A: 0 - (0*0.75) + 150 = 150

B: 100 - (100*0.75) + 150 = 175

C: 200 - (200*0.75) + 150 = 200

D: 300 - (300*0.75) + 150 = 225

E: 400 - (400*0.75) + 150 = 250

とまあ、かなりの所得の変動がありましたね。でも何か変ではありませんか?

例えば、Cを見てください。この人の年収はBI前後で変化していません。そこでよく見てみると、実は150万(=200*0.75)のBI税を払って、そのままその150万をBIという名目で返してもらっているということが分かります。DとEの状況もCに似ています。彼らはそれぞれ225万、300万のBI税を払って150万ずつキックバックしてもらっているのです。

要するに、ここで行われているのは、実質的にD、Eからその差額の75万、150万を徴収してAとBに再分配しているというだけのことなのです。そして再分配されなかった残りの525万円は単に「元々の持ち主の右のポケットから奪い取って、左のポケットに返している」わけです。

BIの予算が一見ビックリするほど巨額になるのは「グルグル回して元の所有者に返す」ということを(現実には相応の行政コストをかけて)やっているからです。所得の再分配の自体の妥当性は別として、その実現の仕方としてはいささか非効率でマヌケです。

追記:負の所得税」方式ならこの無駄を省いて実質的に同じ再分配を実現できます。制度的にはこちらのほうが優れているのです。

再追記: BI否定派の中には「BIをやると国民に途方もない税負担がかかるから無理」と主張する人もいますが(例えば、Marnier/20091116)、この主張は間違いです。というのも、BIによって経済階層間を移転する富は予算のほんの一部を占めるにすぎないからです(上の例でも、貧困層移転したのは全予算(750万)のほんの30%(225万))。一見莫大な予算の大部分は元の所有者にそのまま戻ることになり。実質的負担は「負の所得税」と変わりません。

2.BIは所得の再分配の問題を何も解決しない。

さて、BIが昔ながらの所得の再分配に他なら無いことがわかっていただけたと思います。となると次の問題は「BIは所得の再分配の方法として優れているか?」ですが、実はそうではないことがすぐに分かります。

大規模な所得の再分配を行う上での問題は、大雑把に「働く旨味が薄くなること」と「高所得者に税逃れのインセンティブを与えてしまうこと」の二点です。この二つはどちらも「分けるためのパイ」を小さくしてしまい、結果的に再分配自体の維持ができなくなります。

上の例で説明しましょう。この世界では、所得税が75%もかかるため1500円の時給で働いても375円にしかなりません。働く意欲も失せますね。一方で、高所得者のEは300万円もの税金が嫌になって海外に逃げてしまうかもしれません。仮にEが海外に脱出したとすると、税率を100%にしなければBIを維持できなくなります(BIにかかる総額とABCDの収入合計が等しくなるため)。しかも、残った4人がわずかでも働く時間を少なくして収入を減らすと、「150万円のBI」という最初の理想はあっさり不可能になります。

だからこそ、一般に福祉国家失業手当てをもらっている人の就労を促したり、ケースワーカー生活保護受給者の面倒をみさせたりするわけです(実際に、山形せんせいが訳したもの(http://cruel.org/economist/oecdlabor.html)によれば、「職探しサービスを厳しくして予算もつけるようにすれば」失業手当による就労インセンティブの低下を相殺できるようです)。

BIはこの再分配につきものの問題に何の解決も与えません。むしろ、BI論者は「BIをもらっている人に国家は口を出すな」と主張することで就労インセンティブを与える国家の取り組みを一切否定します。また(見かけ上)肥大化した予算を支えるための超高税率はさらに問題を悪くしますし、高所得者の問題についても、支持者たちはさっぱり何も考えてすらいないようです。この制度が何をもたらすかは火を見るより明らかです。

まとめ

結局、現行の支持者が主張するBIは、お金をぐるぐる回すための余計なコストをかけた再分配にほかならず、しかも再分配が引き起こす問題点も何も解決しない(むしろ悪化させる)という馬鹿げた制度なのです。

  • 控除やら手当やら年金やらで混沌とした現行の所得再分配制度を、ベーシックインカムとかいうシンプルな制度にしようぜ!っていう話だと思ってた

    • そういう話だろ。

    • それでも要点は変わらないでしょ。 ・制度として無駄が多いし ・インセンティブ的にもよろしくない

      • 現行制度には無駄が多い!インセンティブ的にもよろしくない!って主張する人がベーシックインカムを主張するんじゃないの?

        • 現実の制度に問題があるかどうかは別として、BIは制度的に詰めが甘くて代替案にすらならないって話。例えば、結局単なる再配分に落ち着くのなら、「一定額を一律支給」っていう建前...

          • まず、BIは再分配制度である。再分配の是非についてはBIとは別の議論となる。…というのが前提。 で、現行制度ではいろんな再分配制度が乱立してて、一定率だったり一定額だったり基...

            • へい。 まず、最初に「単なる再分配」と強調しましたのは、「単なる再分配」に啓示的解釈を施している小飼弾一派がいるからです。それを前提として: ・「一定額を一律支給」にす...

              • 通貨は分配するものではなく、流通させるものだという概念が抜けている。 通貨は資源その物ではなく、流通の手段でしか無い。

              • 元の投稿で出した例でこの無駄を省くと、結局「負の所得税」方式になる おっと。負の所得税はBIの実現方式じゃないのか?

                • はいそうです。 負の所得税は実質的にBIと同じ再配分を導くもので、しかもBIよりも制度的に優れたものです。 ただ、負の所得税がBIを実現する「手段」であるということはなく、両者...

                  • はいそうです。負の所得税は実質的にBIと同じ再配分を導きますから、BIをより洗練させた制度だと言えます。 ただ、負の所得税がBIを実現する「手段」であるということはなく、両者...

                    • 簡潔に言えば、BIは平等主義を起源に持つ制度であり、一方「負の所得税」はリバタリアン思想とつながりが深いものとされています。 詳しくは、Davide, Tondani. Universal Basic Income and Negative...

              • 「お金を一旦収めてから返してもらう」という無駄が大規模に起こる どれくらい大規模な無駄なの? 銀行口座のデータを書き変えるだけだから、コストはとっても低いよね。 それと...

                • 本文の例で言えば、「なんで225万円を再分配をするのに、750万円集める必要があるわけ?」という疑問にどう答えますか? 債権相殺的なことをすれば、このコストは最小になりますが、...

                  • 本文の例で言えば、「なんで225万円の再分配をするのに、750万円集める必要があるわけ?」という疑問にどう答えますか? 疑問に疑問で返さないでください。 そして、この疑問はあな...

          • 「一定額を一律支給」っていう建前のためにお金を無駄に往復させることに何の意味があるのさ。 往復はしないでしょう。 納税者には定額減税の形で給付されるでしょう。

            • 意味がわからん。 「納税者」に「定額減税」って、つまり、収めようとした時に「収めなくっていいっすよwww」って言うようなことだよな? ということは、「収めようとした時」に...

            • はい。 そうすると本文で述べられているように「負の所得税」方式に落ち着くわけです。 ですから、BI派が主張する「一定額の一律支給」というお題目にはあまり意味が無いのです。

              • しかし、そうすると本文で述べられているように「負の所得税」方式に落ち着くわけです。 結局のところ、BI論者が主張する「一定額の一律支給」というお題目にはあまり意味が無い...

  • 単純に、年収がA:0万、 B:100万円、C:200万円、D:300万円、E:400万の5人がいるとしましょう こういう現実を反映しないモデルで議論することにどんな意味があるのですか?

    • それは単なる論点を分かりやすくするためのたとえだって。 述べられているお話は現実世界でも変わらないでしょうが。 ・BIはお金を無用にぐるぐる回すコストを伴う再分配(BIでもらえ...

      • ・BIはお金を無用にぐるぐる回すコストを伴う再分配(BIでもらえる以上に所得税を収めている人のことを考えてごらんよ)。 今の制度よりコストは下ります。細かい制度を沢山作って運...

  • ベーシックインカム(BI)が何やら「あるふぁぶろがー」の間で流行りになっているようですが、中身を見てみますと、金額や財源などの具体的制度設計はほとんど統一がとれちゃいませ...

  • >余計なコスト お金を一旦収めてから返すという無駄が膨大に発生していること。BIの予算が膨大に膨れ上がって見えるのは「無駄」のため。 「一定額を一律支給」という建前をやめて...

  • >再追記: BI否定派の中には「BIをやるには途方もない財源が必要だから無理」と主張する人もいますが、この主張は間違いです。 そうか? 昔計算したけど、今生活保護を実際に受け...

    • うん。一見そう見えるけど、それは「BIを支払う」という面だけに着目しているから。 BIをやろうとしたらものすごい増税をすることになるけど、その分BIという名義キャッシュバックさ...

    • うん。一見そう見えるけど、それは「BIを支払う」という面だけに着目しているから。 BIをやろうとしたらものすごい増税をすることになるけど、その分BIという名義キャッシュバックさ...

  • 結局、現行の支持者が主張するBIは、お金をぐるぐる回すための余計なコストをかけた再分配にほかならず、しかも再分配が引き起こす問題点も何も解決しない(むしろ悪化させる)とい...

  • このBI議論終わっちゃったのかな。 こういう反論でもいいので、どんどん盛り上がってもらって、BIを世の中に認知させたい。

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