2009-10-20

吾妻ひでお萌えの始祖ではない。

吾妻ひでおけいおん観た。空虚だ。何もない。作る方も観る方もそんなに現実イヤか?」:アルファルファモザイク

http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51518538.html

吾妻ひでおアニメけいおん」に熱中するような人たちとは相容れないところがある。アニメ漫画(あるいは映画音楽文学など)作品に求めるものが違うのだ。いったい吾妻ひでおのような人種漫画などの作品に何を求めるのか?そのあたりの事を作家カフカが実に的確に表現している文章がある。

僕は、およそ自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。僕たちの読んでいる本が、頭蓋のてっぺんに拳の一撃を加えて僕たちを目覚ませる事がないとしたら、それではなんのために僕たちは本を読むのか?君の書いているように、僕たちを幸福にするためにか?いやはや、本がなかったら、僕たちはかえってそれこそ幸福になるのではないか、そして僕たちを幸福にするような本は、いざとなれば自分で書けるのではないか。しかし僕たちが必要とするのは、僕たちをひどく痛めつける不幸のように、僕たちが自分よりも愛していた人の死のように、すべての人間から引き離されて森のなかに追放されたときのように、そして自殺のように、僕たちに作用するような本である。本は、僕たちの内部の凍結した海を砕く斧でなければならない。そう僕は思う。

フランツ・カフカオスカー・ポラック宛(1904年1月27日)』より※1

吾妻ひでおの作品を読んだことがある方はご存知だと思うが、一見かわいい女の子がたくさん登場し、時には夢うつつのような世界が描かれる彼の作品は、実はあまり登場人物に感情移入をしたり作品の世界に安易に浸って気持ちよく癒されるような種類のものではない。徹底的に情緒を排し、醒めた意識によって構築された作品なのである。そして彼は基本的には、熱心なSF者らしく、今まで見たことのないような世界を作品によって作り出してやるという気概をもって創作に取り組むようなタイプ作家である。

あえて乱暴に言うと萌えアニメに感動しているのは単に(吾妻が指摘するように)フェティシズム情緒に浸っているにすぎない。子犬が死んだら泣く式の条件反射だ。韓流ドラマに興奮するおばちゃんと一緒だ。傷つかない、ゆるふわ世界で気持ちよくなりたいだけだ。作る方にも読む方にも冒険強要する吾妻ひでお(やカフカ)のような人種がやっている試みとは別の世界なのであり、萌えを求める人たちにとって、そのような冒険などは作品に必要ない要素なのだ。

吾妻ひでお「でも俺は描く前にもうひとつ考えるよ。マンガとは何かと。」

とりみき 「と言いますと。」

吾妻ひでおマンガはこれでいいんだろうかということを1時間ぐらい考えて、それで明日締切りだからとりあえず描き始めるわけ。」

とりみき 「自分マンガはこれでいいんだろうかということですか、それとも……。」

吾妻ひでおマンガという表現がこれでいいんだろうか、まだ何かやれることがあるんじゃないか、というのを。」

『失踪するなら家のローンが終わってから』より※2


※1フランツ・カフカ著・吉田仙太郎訳(1981)『決定版カフカ全集第9巻・手紙 1902-1924』新潮社(P.25〜)

※2とりみき他著(1997)『マンガ家秘密 とり・みき&人気作家9人の本音トーク』徳間書店(P.265〜)

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     深読みとして。  アニメの方に作品取られちゃった感あるから、漫画家がんばれ、おもしろいから落ち込むなって言いたいじゃないかなーと思った。指摘している内容はそのあと。

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    カフカかっこよすぎだろ。 吾妻ひでおもそんな事言ってたのか。

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