「うっせぇわに共感性羞恥を覚える」という層は、尾崎豊のことをどう思っているんだろうか、ほぼ同じだし、私は尾崎豊もお茶の間で流すべきではないと思っている
(私は作曲したsyudou氏のファンであるし、うっせぇわという曲自体はボカロカルチャーの延長として普通に受け入れている。サブスク時代でたまたま当たったがために大衆の目に触れただけで、元々大衆向けに作られた曲ではないと思っている。)
Permalink | 記事への反応(1) | 17:48
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自分の気に入らない曲が「お茶の間に流すべきではない」って、わざわざ「べき論」にすべきような話か?
うっせぇわを流さないべきというべき論で語られているのをよく見るので、ミラーリングしたまでです
なるほど、ベッキーやね