多様性を重視するというやつに限って気に入らない多様性を排除する
寛容さを持てというやつに限って他人の意見に不寛容
その多様性は多様性を壊すから多様性に含まれないと彼らは言う
その意見は不寛容であり寛容の敵だから不寛容に接すると彼らは言う
だがその彼ら自身の意見が多様性を壊してないとどうして言えるのか。意見が一つ減ってる。
だがその彼ら自身の不寛容が寛容の敵でないとどうして言えるのか。不寛容な扱いを受けた奴はいる。
結局どこに始点を置くのかに過ぎないのに、誰がその始点を決めるのか
なぜ彼らだけがそれを決める権利を持っているのか
彼らが暴走して、誰がそれを止められるのか
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