2017-11-09

anond:20171109110118

競作の歴史結構古く、「大東亜決戦の歌」、「紀元二千六百年」、「愛馬進軍歌」など戦前にもすでに行われていますし、1960年代には「東京五輪音頭」、「世界の国からこんにちは」、「夢見るシャンソン人形」、「ウナセラディ東京」、「涙くんさよなら」をはじめとして、有名な曲がそれなりの数あります。それ以降も「与作」、「矢切の渡し」、「釜山港へ帰れ」、「よせばいいのに」、「氷雨」、「浪花節だよ人生は」、「男と女のラブゲーム」、「ジンギスカン」、「ラヴ・イズ・オーヴァー」、「too far away」、「夢の途中<セーラー服と機関銃>」など、競作として発売されかなりヒットした曲は少なくありません。

だってさ。

記事への反応 -
  • 自分だけの持ち歌にこだわり過ぎて、 1つの名曲をみんなが歌う慣習が無い。 この歌はあの歌手・あのグループが歌うもの…というイメージしかないから、 結局、その歌手・グループ...

    • それ過去の具体例はどんな曲?

      • 競作の歴史は結構古く、「大東亜決戦の歌」、「紀元二千六百年」、「愛馬進軍歌」など戦前にもすでに行われていますし、1960年代には「東京五輪音頭」、「世界の国からこんにちは...

    • 確かに80年代くらいまではいわゆる「競作」という概念があった。(氷雨とか) 海外でも同様にもあったけど、日本で廃れたのは言うに及ばず海外も同様と思っていたが他国は未だに競...

      • 新曲を競作しているかどうかは分からないけど、 昔からの名曲をテレビでいろんな人が歌ってるのは見かける。

      • つ徳永英明 あと瑠璃色の地球は聖子明菜で競作

    • 冬ソナが流行った時はあのテーマソングをいろんな人が歌ってて面白かったな。 以前、朝夕にEテレでやってた人形劇『ハッチポッチステーション』や『フックブックロー』などで沢山...

    • May J.「せやな、よう言うてくれた」

    • G E T W I L D S O N G M A F I A

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