ひとりの男が、大通りを歩いていた。
いや、「歩いていた」というのは正確ではない。
男には手も足もないからだ。
その男は、意のままに動く車で移動していた。
やがて、男はある店の前に止まった。
なんということのない、小さな店だ。
途端に店の中から、主を始め番頭丁稚にいたる全ての者が転がるように飛び出してきた。
「堪忍してくだせぇ!どうか堪忍してくだせぇ!どうか!どうかこのとおり!」
店の者は皆、揃って頭を地面にこすりつけ、慈悲を請う。
その様を、身を隠しつつも凝視しているのは、周囲の店の者達だ。
「あぁ、あの店も終ぇだ…」
「気の毒に…何も悪いことせず、これまでやってきたのに…」
「でも、仕方ねぇ」
「「「おったけさまに目をつけられちまったんじゃ、仕方ねぇ」」」
店の主は、夜も昼もなく身を粉にして働いてきた。
自らが早くに二親を無くし苦労したため、同じような境遇の者を努めて雇うようにしていた。
ただただ愚直なまでに、真っ当に商いを営んできた。
「おったけさま」の気分を害した。
それだけだ。
それだけで、この店は潰れるのだ。
間を置かず、「おったけさま」の使役する式神が、この店を取り囲むだろう。
千か。
万か。
否、それをも超える数で。
口々に罵声を浴びせ、虚実綯交ぜに店の悪評を、主の落ち度を、周囲に喧伝する。
もはや、店を救う手立ては何もない。
「おったけさま」は、また通りをゆく。
次の店を探して。