過去を追体験しているうちに、発見があることもある。
「あの時彼女はこう言ったけど、実はこう思っていたのでは?」
とか
「あの頃の自分のあの行為は、実はこういう心理の表れだった」
とか。
過去を語る時って、単に享楽的に追体験してるわけじゃない。
一人称の小説って、現在進行形の自分の問題として読んだり、自分とは異質な人に対する好奇心から読んだりするものじゃないの?
元増田が「緊張感がない」と感じたのは、単にその小説に元増田が今求めているものがなかったってだけじゃないのか?
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