祖母の家で待ち構えていた私の所に結婚相談所の人がやってきた。
「こちらは増田さんのお宅ですか」「いいえ、田中です。増田は孫です」
1週間前。結婚相談所の勧誘電話が祖母の家にかかってきた。私はたまたまその時に居合わせた。
本人を出して欲しいというので代わると、熱心な勧誘をしてきた。
「そんなの関係ありません!」
実は一昨年まで別の相談所にお願いしていて全く成果が出なかったのでやめたのです。あきらめたのです。
「うちは違います!沢山の方々に頼んで良かったといわれています!」
「そういう方々よくいらっしゃいます。わたしどもは専門のカウンセラーがおりまして成婚するまできっちりとお世話させていただいております」
はあ、まあ、そうですか。
そういうカウンセラーを向かわせるのでぜひ一度話を聞いてみて欲しいというので、まあ面白いかなと思ってOKした。
さて、やってきました相談所の人。ぎらぎらとした感じの方である。こういうかたにセンシティブな情報を話したくないなあ。と思ったが、黙っていても面白くならなそうなので覚悟を決める。
大体、以前の相談所は私の言うことを職業趣味来歴の全てに渡って単語の説明レベルからしてもちっとも理解してくれないところだったので、まるで就職活動の時のように外見を取り繕っていたのだ。それが原因でお見合いすらほとんど成立しなかったのだとしたら、全部ぶっちゃけてしまった方が良好な結果が得られると考えた。
また、全部ぶちまけてしまった方がこの人はきっと困るという直感があった。嘘でもカウンセラーとか名乗るならその腕前を見せてもらいましょうか。
まず、相談所の人はファイルに入れた新聞の切り抜きをタネに話し始めた。結婚相談所への苦情が消費者センターに多くあがっていること。詐欺みたいな相談所が数多くあること。でもうちは違います、料金体系がこうで、たっぷりお金をいただく代わりしっかりしたサポートがあります、お見合いも社内の会食スペースを使って内密に行えますしこのようなきっちりとしたオフィスがと写真を見せたりする。
ただ、私にはその相談所が他と違って信用できるようには聞こえなかった。「他と違って信用できますと根拠無く話す」だけだったので。これはだめかも知れません。
一通り話し終わったところで、相談所の人は言った。
「入会したからといってぼうっとしていても結婚できると思わないでください。それでは結婚はおぼつきません。なんとしても結婚するぞという強い意志を発揮して熱心に活動してください。」
ありゃ?この人、電話勧誘の人から全く情報をもらっていないのかな?それは私にとって滅びの言葉で、では今すぐお帰りくださいって言いたくなってしまうのですけど。
ここで帰れって言っても良かったのですが、ちょっと我慢してみることに。
「ええとそれでは増田さんのことを聞かせてください。今回お申し込みになったのはどのようなきっかけで?」
本当に聞いていないらしい。とりあえず素直にジャブいってみますか。事実を提示するだけですが。
「私は申し込んでいません。私は別にとりたてて今結婚したいという強い気持ちは持っていないのですが、そちらの電話勧誘の方が是非一度話を聞いてみて欲しいとおっしゃったので受けたまでです」
「結婚したいという気持ちを持ってらっしゃらない?」そんな馬鹿なという表情。
「ええ、電話でも申し上げましたけれど、3年前から2年間結婚活動をしておりまして、お見合いの成立が極めてわずか。他には最初の3ヶ月程度は身上書送付の打診があったので許可したものの全て不成立。あとは自分でカタログを見ては身上書を送付して全て却下されるだけの2年間でした。もうこりごりです。容姿も悪いですし、稼ぎも悪いですし、オタクですし、きっと無理なんですよ」
「うちは千人以上の会員を抱えておりまして、他の相談所とは異なりきちんとした紹介をさせていただいております。大丈夫です。」
「あの、以前活動されていたと言うことは結婚したいというお気持ちが無いと言うことではないのですよね?」
ああ、そうきますか。2撃目。
「今回同様に祖母のところに勧誘電話がかかってきたら祖母と母が盛り上がってしまい、前の相談所の所長に『いまは結婚したい気持ちが無くても沢山出会うことで自分の好みとか結婚したいという気持ちがきっと湧いてきますよ』と説得されたのでそんなものかと思って一応やってみただけのことです。ひ孫を見たいと言うから頑張ってみましたけれど、結局そういうことにはなりませんでした。」
「もう一度頑張ってみませんか」
「うーん…」
そこで週刊誌の切り抜きが出てきた。NHKの「無縁社会」特集に関する記事だ。
「今はお祖母様ご両親と健在でお寂しくはないでしょうが、そのうち鬼籍に入られますとお一人になってしまいます。またその過程で介護問題などもございますし、お一人で立ち向かわれるのは本当に大変です。是非パートナーを見つけていただいて、子孫を育てられて、ご準備をされてはいかがでしょうか」
その考え方あまり好きじゃないんですよねえ。
「それで結婚を望むということは相手のご両親に加えて私の両親の介護も手伝えと言うってことですか?そんなひどいことさせられませんよ他人をわざわざ捜してまで。そこは一番上の子である私の責任ですよ。介護の手が足りないから結婚してくれなんて相手にいえませんよ。それに両親をきっちり看取ったら一人でのたれ死ぬのも一興ですし」
「そんなこと言って今は若いからよろしいですけど…(ここから小声でつぶやく)もしかしたら公園にいるホームレスのようになってしまうかも知れないのに」
「食事がとれて図書館にいけさえすれば満足して生きていけますし。それにそうなったらそうなったときでしょう」この時点ではよくわからないけれどかなり頭に来ました。ふーん結婚は金のためなんだふーん。ホームレスが脅しになると思うなよ。生活保護申請して降りなきゃ包丁もって国会議事堂か桜田門で暴れれば暖かい飯が食べられるのでしょう?
私はむっとしている。
「増田さんがここにいらっしゃるのはどうしてだと思いますか?ご両親が出会われて、愛し合うことで生まれてきたんじゃないですか。次世代を作っていくのは生物として自然なことで、是非増田さんも」
ちょっと角度を変えてきたかなあ。こどもをそだてるのはとうぜんじゃないか、いきものだもの、ということか。ごめんあまり興味ない。わたしはきっと本能とか薄い。
「別にうちは増田の本家ってわけでもないですし。本家はもう私の次世代が生まれていますし。そちらが続けばそれで良いんじゃないですかね?」
そして私は無言。
「えっと…異性に惹かれる、こういう異性が理想、というのがございますでしょう。探してみる気にはなりませんですか」
ふむ、それを聞きますか。3撃目行くよ。
「実は異性に惹かれたことがないのです」
「えっとそれは…(小声で)同性が好きというその…」
「それもわかりません」ああこのひと、馬鹿にされてると思ってる気がする。違うんだよ。事実だよ。
「どういうことですか?」
「生まれてこの方、男性も女性もそれどころか自分自身も、好きになったことがないのです。学生のころは異性を好きにならない自分に戸惑って同性が好きなのかと思ってみましたが、そちらでもずっと一緒にいたいと思うような感情が沸き立つことはありませんでした。どちらも好きになったことがないので、異性が好きなのか同性が好きなのか本当にわからないのです」
「いやいやそんな。どっちが好きかぐらいわかるでしょう。」
「体験したことがないからわかりませんよ。味わったことのない食べ物を好きかどうかわかる人なんていないでしょう?私は中学生のころから大学を出るまでほぼ同性しかいない環境で暮らしてきていて、自分も周囲も好きだとか惚れたとかなかったのですよ。勉強で手一杯でしたし、就職後は不況と会社の不振で脇目もふらず働きましたからね。急にこの年齢で恋愛やら結婚やら持ち上がってきたところで。誰かを好きになること自体が未体験ですから、男性が好きなのか女性が好きなのかわからないし、どんなタイプの人を自分が好みなのかなんてもっとわかりません」
あ、とまっちゃった。
そのあとは無縁社会と介護と失職時の備と生き物としての自然をぐるぐる繰り返すだけで全然面白くなかった。なんだか面倒くさくなってきたとき、母が到着。デウスエクスマキナのように状況をぶっ壊した。
最初にかけてきた勧誘電話が田中向けではなくて増田向け、しかも私の下の名前を出して名指しでかけてきていたため、前の相談所と結託しているんだろうこの詐欺師めなんて騒ぎ出したのだ。あんまり侮辱されるんで相談所の人が「そんなこと言うとどこ行っても結婚できないようにしますよ」みたいなことをちらっと言ってしまったため余計加速。「それ見ろつながっているんだろ」と怒る母に「もう来ませんから!」と捨て台詞を残して去る相談所の人。私はその間中、脳裏でドリフターズの場面転換の音楽が流れていた。ちゃっちゃらちゃっちゃらちゃっちゃちゃっちゃらちゃっちゃちゃっちゃちゃちゃ。
ああ疲れた。
結局ね、結婚相談所の人というのは、客は男性も女性も異性が欲しくてガツガツしているもので、男性はセックスと子供が欲しくて、女性は金と子供が欲しいという前提で来るのね。
私のように「なにそれおいしいの」「たべたことないしどうでもいいや」「むりにすすめるからたべてみようとしなくもなかったけどかたかったからいいや」となっちゃうと説得の言葉を持たないよね。
ああもう、本当に疲れたよ。
こういうのって、男からもらう額と女からもらう額でかなり差があるんだろうな。 こないだの鷲宮お見合いみたいに、男5000円女タダみたいな。 そういう所は女を餌に男から搾取する事...
そりゃ営利企業だから営利を得られる形で運営するのは当たり前。 それを「搾取」と言うのが世間知らず過ぎ。 女も20代はタダだけど30超えると金取るとかあるみたいよ。
なんか「生きる目的は何ですか?」の人思い出した
ドリフのくだりが面白かったw
書いたのが遙か昔に思えるが、たった十日やそこら前の話だったのね。 トラバやブクマに回答してみる。 男女で金額の差があるんだろうな あります。お見合いパーティーや合コンシス...