2008-03-24

大切なものは自分で捨てたい気持ち

多分誰でもこういう気質はあるんだろうと思うけど。


僕はどうやら、自分が大事にしていると他人に見えるモノほど、ちょっとしたきっかけできれいサッパリと捨て去ってしまうようだ。

取るに足らない出来事ばかりなんだけど、覚えている出来事、最近の出来事をいくつか。


小学生のころ、おそらく5年か6年か。

習字時間には練習用だったり、筆をふく用だったりで新聞紙をもってくることになっていた。ある日、月曜が習字で前日に準備してて、新聞を眺めていたら、たまたま自分の小学校野球チームが大会に出場するという記事がでていた。小学生大会には珍しく、そのチームも含めた主要チームは、スタメン表までのっていて、「○○の強肩に期待がかかる」みたいな寸評まで書いてある扱いのよい記事だった。おそらくその新聞社主催だったのだろう。

記事には僕の仲の良いクラスメートの名前も数人あったので、大喜びして、僕はその新聞を持っていくことにした。

習字時間、僕は喜び勇んでその記事を持って、名前が出てたクラスメートのところに持っていった。彼にすげーよ、これ、○ちゃんでてるよなんて、言いながら、見せたのだが、彼の反応は予想以上に薄かった。ほんと「ふーん」くらい。

たぶん、彼はそのときしゃべっていたほかのヤツと会話がちょっと弾んでいたのだろう。話題に対して頭が切り替えられなくて、別の話題に頭をまわせなかったのだろう。

でも、僕はそれにものすごくショックを受けた。

えーっ、オレだったらもっと大興奮して、食らいつくように読むのに! と思った。

で、どうしたかというと、習字の練習の一番最初にその紙を使った。何のためらいも無く。むしろ、その紙の記事のところから書き始めたように思う。

そんで、使い終わって、さらに何枚か紙を使ったところで、前述の○が僕のところに同じ野球チームの友人△と来た。

×ちゃん、さっきの記事もう一度見せてくれない? △(一緒にいた友人)も載ってる?

それに対して僕は、「あー、それもう使っちゃったよー」

と笑って残念そうにしながら、でもちょっと冷たく言った。

そのときの○のちょっとショックを受けながらも、奇妙な表情が忘れられない。


次の話 これも小学生かな。

おそらく学芸会の準備だったか、空を飛ぶ無数の鳥の絵を大きなベニア板に書く作業を、クラス全員でやっていた。

僕もあるスペースに図鑑を見ながら描いてた。かなり気合を入れて、羽根の流れの一本一本まで描いてた。

で、ある程度描いたところで、ちょっと休憩して、トイレに行って戻ったら、担任が僕に「××、すまん、背景を塗ってたA子が間違って、お前の絵の羽根のところに色を塗っちゃったんだよ、直してくれないか」と言ってきた。

絵を見ると確かに羽根が3分の2くらいに背景の水色が入ってしまった。その周辺は鳥がいっぱいいて込み入ってたからだろう。A子もすまなさそうにしてる。

僕はそれを見て、色塗りも7割くらい終わってたのに急にやる気がうせて、じゃー、書き直すからいいですといって、無造作に水色で絵を塗りつぶしてしまった。A子も担任も面食らった顔をしていた。その水色の上に僕はやる気が10%くらいになった鳥の絵を改めて描いた。


つぎはぐっと年があがって、大学生の頃の話。僕はあるサークルの代表をやっていた。僕はできるだけ同期や後輩たちの意見を聞きながら、サークルを運営していた(ここではにごった言い方しかできん)

当時、割と新しいことをやろうとしていた後輩たちと、今までのやり方でベストをやろうとしていた同期との間で、ちょっと板ばさみでもあった。でも、僕はできるだけ最大人数が気持ちよくすごせるように努力し、できるだけ効率的な折衷案を考えながら運営していた。

それは同期の中で分かってくれるやつもいたが、副代表(じつは、こいつが代表になる本命で、僕がなると思ってたやつは同期にはいなかったが、後輩を苛烈に使いそうな彼に懸念した先輩が僕を代表に指名した)などは、不満をくすぶらせていた。

その不満があるとき小爆発して、僕は副代表と彼のバックにいるOBに詰め寄られた。いわく、どうまとめたいのか方向性をはっきりしろと。

僕は自分の指針を明確に示していたつもりだったし、いわば中間案としての方向性もはっきりしていた。彼らの言いたいのは、ようはオレの方向に軌道修正しろってことだと理解した。

その辺りから、僕はやる気が急速に薄れた。サークルの運営は場当たり的になっていった。もうどうでもよかった。同期や後輩、OBたちの意見も聞き流しながら運営していった。

そのサークルでの最後の大会は、むざんな終わり方をした。

正直言って、サークル解体の危機に瀕して、僕の代は終わった。

僕は後悔することもなければ、反省する気分でもなかった。

どうでもいいという気分だった。バイトを制限するほど打ち込んだサークルだったのに。


社会人になってからもそんな経験がいくつかあった。

2年ほど運営していたBBS(そこから知らない人どおしで、OFFなども行うくらいには、発展できていた)も、その数年後、作って3年弱続けたブログも、なんか、取るに足らない理由で、あっさりと閉鎖してしまった。でもって、閉鎖しても全然自分としては残念な気分がないのだから、これはどうしたものか、自嘲の笑いすら起きてくる。



この気分は、実は所有物に対してもおこるようで、本やCDレコード(僕はこれらのかなりのコレクターだ)を数年に一回処分する(させられる)のだが、そのときもどうやら他人からすればドライらしい。

だいたい処分をする契機は昔だったら、母親、今は妻が「ちょっとは整理しなさい」と言い続けて、臨界点に達したタイミングなのだが、そのときの処分の仕方が、彼女たちからしたらどん引きな捨て方らしい。

彼女たちが、まあ、これはとっておくのだろうと思ったものをまっさきに処分していくからだ。

例えば、マンガ小説なら一番長く多くコレクトしていたヤツから処分する。単行本なら、高額なものや、愛読したものから処分する。レコードなら、苦心して手に入れたものから処分する。CDも同様。愛聴したものから処分する。ただし、僕個人としては最後の最後の砦は実は崩していないのだが、それは母や妻にはわからないようだ。

彼女たちはいつも不安そうに「これまで捨てちゃうの?」とか、「これはまだいいんじゃないの?」とか言い出す。彼女たちが処分しろと言ったのに。

それに対して僕は「ん、だっていらないもん」と平気な顔をして答える。

パソコンの中のデータ整理なんかも同様で、90%くらい埋まってたハードディスクも、整理が終わると40%くらいにはなってる。



妻は最近、あまり整理しろといわない。

  • 自分の思い通りにならない(自分が思うように存在させてくれない)物なら存在しない方がマシという系統の完璧主義の匂いがする。 人からケチつけられたらそこでおしまい。自分のコ...

  • 鉄道模型を捨てられた、に話が続くのであった。。。。

  • 好きな料理を最初に食べるか最後に食べるか、みたいな話に読めた。

  • 非常に共感するところの多い増田であった。特に最初の新聞紙。おそらく自分もまったく完全に同じ振る舞いをしただろうと確信する。 ケチがついたり、茶々が入ると、もうどうでもよ...

  • 元増田です。 思ったくらいにはブクマがついてくれたのが嬉しかったです。 じつは個人的にはそんなに捨てることは嫌いなことじゃないのです。 なんか、一瞬でも客観的な冷静な視点...

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