ツイッターのまとめで、高校で天声人語の書き写しをさせられている、という記事をみた。そういえば小学校の頃にそういう写経みたいなことををやっていたなあ、というのをふと思い出した。
朝日新聞の社説の欄にオピニオンという投書欄がある。それをノートに書き写す作業を兄がやっていた。母がどこかで子どもにやらせると良い、と聞いてきたのだと思う。兄は知的障害を持っていて、言語能力については拙いところがあった。結果として効果があったのかはわからない。母は兄のことばかりに目を向けて、俺のことについては何も言ってこないのが常だった。それに嫉妬していたんだと思う。俺もその記事の書き写しをやりたい、と言い始めて兄と一緒にやっていた。母の気を引きたい思いがきっかけでそれなりに続けていたような気がする。
気のせいかもしれないけど、あのときの書き写しには意味があったように思う。文字を読むこと、書くことへの抵抗が減った気がする。こうして増田を書いているのもそのときのせいかもしれないし。