昔から「しっかりしている」と言われる。
何をもってして「しっかりしている」のかはわからないけど、大抵の人からそう言われる。
他にも、強そう、大人、真面目、とか。
でも、私はしっかりしているつもりはない。
強くもないし、大人でもないし、真面目でもない。
石橋を叩いて叩いて叩いて叩いて渡らない、もしくは、叩いて叩いて叩いて叩きながら渡る。
真面目に仕事してるのかって言うとしてない。
バレないようにサボるし、必要最低限しか仕事しない(残業代出ないから)
ものわかりの良い大人でもなくて、子供っぽいところもあるし、何も言わずに相手に合わせてるだけで、文句がない訳ではない。
だからいつか溜まって爆発する。
でも、そういうところも含めて私だってわかってくれない。
「しっかりしている」っていう風に見えてるだけなのに、そこしか見てくれない。
本当の私はそうじゃない。
そうじゃないって話もしてるのに、そこしか見てくれない。
本当の私を知ってくれない。
受け入れてくれない。
しっかりしてない私はダメなの?
しっかりしてる私でなきゃ私として見てくれないの?
そもそもしっかりしてるって何?
何を見てしっかりしてると思ったの?
私はいつ、本当の私でいられるの?
常にしっかりしてる私でなきゃいけないの?
ずっとしっかりしてる私を演じてないといけないの?
私だって疲れるし、本当の私でいたいよ。
しっかりしている・・・ 嬉しいようで意外と残酷な表現だよね。 人間は人の上面で評価する生き物だから、全部知った上で評価するのは多分難しいね。 その評価を維持するための努力...