意見を述べる自由と相手を刺激しないモラルというのは全く別物。
例えば福島を揶揄する風刺画が出たとして、もちろん腹は立つが彼らがそれを描く権利はある。そして心象を悪くする、という責任も彼らがとる。
でも描くことそれ自体の権利は守られる。相手の気持ちを考えて、書いたことの結果を考えてというのは一見正当に思えるが、何が相手の気持ちを刺激するのか、その線引きが曖昧な以上、言論封殺につながりかねない。
だから言論は常に自由であるべきで、その自由があるからこそ反論も許されるのである。
気持ちとか重視するなら、いまフランス国民が感じている気持ちに配慮して、言論の自由に疑問を呈すのはやめたらいかがだろう。
Permalink | 記事への反応(2) | 19:54
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空気読めって批判したっていいだろ。 法律で取り締まれつってるわけじゃない。
違う。逆だ。日本においては、「空気」こそが最高法規なんだ。憲法や法律はそれに従属するものだ。 「日本人とユダヤ人」を読め(ユダヤ人の性質については無視しておk)。