瞼を瞑っているが、眠っているわけではない。
動く気力がなく、ただぼーっとしているだけ。
しばらくそのままでいると、襖が開けて姉が居間に入ってきた。
俺はそのまま動く事なく、ただじっとしていた。
姉が動く。足音が大きくなる。俺に近づいてきているようだった。
すぐ側に濃密な気配は感じる。
姉のつま先が俺の横腹にあたっている。
顔がむずむずする。恐らく、姉が俺を見下ろしているのだろう。視線を感じる。
その視線がゆっくりと強くなっていく。
姉が姿勢を四つんばいのような形にして、俺の顔を覗き込んでいるのが気配でわかった。
何故か俺は瞼を開けようという気にはならなかった。
眠ったふりをしているつもりはないけど、でも姉は俺が眠り込んでいると思っているだろう。
姉の長くて黒い髪が垂れて、鼻先と頬をくすぐる。シャンプーの匂いがした。
閉じられている瞼を姉が指で触れた。軽く押し込むようにしている。眼球がその感触を感知する。
指が動いて、瞼から鼻の脇を通って、頬にくるくると渦を描いたあと、唇の上に乗った。
ふにふにと唇がいじくられる。つままれたり、開けられたり、くすぐられたり。
寝てるの? と姉が言った。
俺は答えなかった。
疲れてるんだね。最近凄くがんばってるもんね。
姉の独り言。俺が眠っているという前提が呟かれた言葉。
少しばかり気が咎めた。これは盗み聞きと一緒ではないだろうか。
でも俺は胸が熱くなるのを感じた。あぁ頑張ってて良かったなぁと思った。
頑張りを誰かが見ていてくれて、それを労ってくれるのは、何よりも有難いものだ。
そろそろ目を開けて起きよう。そして今日は姉に感謝の気持ちを込めて、何かしてあげよう。
何がいいかな・・・と考えていると、唇に触れていた指が動いて、顎に添えられた。
くすくすと、姉の小さな笑い声が聞こえた。
そんな頑張ってる君に、お姉ちゃんがご褒美をあげます。
え?
と思うまもなく、顔一杯に何かが近づくような気配が膨らんで、唇に柔らかいものが触れた。
すぐにそれが姉の唇だとわかって、つまり俺は姉にキスをされているんだとわかって。
身体全体が緊張するのを自覚した。でもそれを姉に悟られてはいけないと何故か強く思った。今、俺が起きてはまずい。
緊張の時間が過ぎていく。顔が熱い。心臓がばくばくいっている。あぁこの心臓の激しい鼓動は自分ではどうしようもない。
姉は気づくだろうか?
姉の髪が俺の頭から首元までかかっている。鼻が姉の匂いを吸い込んでいる。鼻息が荒くならないようにしないと。
ふとそういえばと思った。そういえばこれが俺のはじめてのチュウだなぁ。でも家族とのチュウってありなの?
唇の表面が触れるだけのキスは一分ほど続いて、姉は顔をあげた。
俺の顔の色の変化に気づいただろうか。きっと真っ赤になっているだろうから。
すると突然姉が笑い出した。
うふふっ。
という感じの姉の笑い声に次いで、ばしばしと床を叩く音が聞こえた。
あーもう、本当、何やってんのよ。こんな事しちゃって。もー。
姉は床を叩きながら、小声で独り言を呟きつつ、身をもぞもぞとさせて、悶えているようだった。
俺はといえば、
・・・もう駄目だ! 起きようっ!
と最早この異常な空気に耐えられずにいた。
そしてさぁ起きるぞと、身体に力を入れたところで、再び姉が顔を近づけてきてキスをした。
今度はさっきよりも強くて、お互いの歯と歯がぶつかりそうなぐらいで。
その勢いにのまれて、俺は起きる機会を逸してしまっていて、でもそれを残念だとは思えずにいた。
俺も姉も唇がめくられるように開けられていて、唇の表面が触れ合うだけのキスとは違う温かさと湿り気が感じられた。
口の中に味が広がった。それは微かに口内に流れ込んできた姉の唾液の味だ。
姉を抱きしめたくなった。
両腕を背中にまわして、もっと強く、もっと深く、身体を寄せて、唇を重ねてみたい。
その衝動をこらえるのが大変だった。何しろ俺は今、眠っている事になっているのだ。それをついつい忘れてしまいそうになる。
身体が強張る。それを姉に悟られてはいけない。なんか、これは拷問なのではないのだろうか・・・? ふとそう思った。
不意に姉の舌が俺の歯に触れた。
いや、舐めたのだ。
飴でも舐めるかのように、前後、左右に姉の舌が歯の上を這い回る。
前歯から歯ぐき、その脇、更にその奥へと進もうとし、舌が届かなくて断念したのか、今度は前歯に力を込め始めた。
まるで閉じられている扉をこじ開けようとするかのように。
俺は努めて顎に力を入れているわけではなかった。ただぴったりと上下の歯を揃えていただけだ。
だから姉の舌が口内へと入ってくるのを止められなかったし、止めようともしなかった。
だって俺は今、眠っている。そういうことになっているのだ。仕方ないじゃないか。
ついに俺の舌と姉の舌が触れ合った。その瞬間、震えるようなくすぐったさが頭から足の先まで走った。
舌と舌の触れ合い、絡み合いは、唇だけのキスとはまるで違っていた。
どっと大量の姉の唾液が口の中に流れ込んできて、溢れそうになって、喉の奥へと飲み込まれていった。
姉の舌が口の中を探っていく。舌が口の中の何かに触れる、そのたびに俺はもうどうしようもない気持ちになる。
湿った音が口元から響く。その音に混じって、姉の断片のような声も聞こえてくる。
唇の橋から頬を伝って耳の辺りまで、溢れた唾液が伝っていくのを感じる。
姉の鼻息は荒く、荒く興奮しているのかのようで、貪るようにという表現がぴったりなほどで。
どれだけの時間が経ったのか、姉は唇を離した。
これで終わりか、ととろけて霞んだ頭で安心半分残念半分に思っていると、姉が立ち上がり、俺の身体を跨いで、覆いかぶさるようにしてきた。
驚愕する暇も無く、俺の頭の両脇に置いた両肘、ふとももの脇あたりに置いた膝、それらを支えにして、姉はキスを再開した。
今までの直角でのキスとは違う、真正面から向き合う形でのキス。
額と額が、鼻と鼻が、髪と髪が触れ合っていて。
身体いっぱいに姉の気配を感じた。
このキスは二分ぐらい続いたのだろうか。
唇が離れると、姉の荒い息遣いが聞こえた。
姉は俺の下半身のあたりに座り込むようにし、むずむずと動き、しばらく何かを考えているようだった。
それから最後に名残惜しいという風に瞼の辺りに唇を軽く触れさせて、ようやく姉は立ち上がった。
服の袖で口元を拭うような音がして、姉はティッシュをもってくると俺の口と周辺を静かに丁寧に拭き始めた。
キスの時の荒々しさをまったく感じさせないその手つきの優しさとキスとのあまりの違いが奇妙におかしかった。
拭き終わると姉は俺の耳元に口を寄せて、ごめんね、と言った。
嫌いにならないでね・・・お願い。
それだけ言うと居間を出て、短い廊下を歩き、階段を上って、二階へと去っていった。
俺はしばらくそのままの体勢でいたが、やがて目を開けて、身体を起こした。
姉は俺が起きていることに気づいていた。当然だろう。でもいつから気づいていた? 最初から?
分からない。なぜ姉があんな事をしたのかも。
俺はじっと考え込んでいたが、そこで自分の股間が膨らんでいるのが目に入った。
あっと思った。さっき姉が俺の下半身の上に座り込みながら何か考えていたのを思い出した。
たぶんあの時に、俺が起きていたのを確信したんだな・・・。
俺はなんか物凄く恥ずかしい気分になって、その場でじたばたともがいてから、立ち上がり、自分の部屋へと戻った。
お姉ちゃん、俺は嫌いになんてならないよ。
続きを頼む。次は妹編でお願いな。
三作目にも期待