2009-01-30

タッくんのこと

もう20年以上も前の話だ。

タッくんは足が悪かった。

タッくんと僕は、幼稚園から小学校まで一緒だった。

5, 6年生のときのクラスも同じだったから、そのときのタッくんのことはよく覚えている。

タッくんは生まれつき足が悪かった。

幼稚園の時は少し片足をひきずるような形で歩いていたが、お庭ではみんなと遊んだし、

運動会にも参加していた。もちろん速くはなかったが。

小学校に上がると、随分と悪化したように見えた。

運動会の50メートル走でも、ハンデで25メートルラインからスタートするという方法で

参加するようになっていた。小学校高学年の時は、もう運動会には参加していなかった。

その頃からは日常生活では車イスに乗るようになっていた。

小学校ではいろいろな係活動があると思う。

黒板消し係とか、掲示係とか、いきものがかりとか。

それと同じ並びで、タッくん係というものがあった。

タッくんの車イスを押してあげたり、階段ではおんぶしてあげたりしてあげる係だ。

タッくんは忘れ物や落とし物が多かったし、それにちょっと怒りっぽいところもあった。

それに対して周りのみんなは、さすが小学生というべきか、とても優しく対応していた。

タッくんをいたわるという労は惜しまなかったと思う。

あるときの学級会で、そのことを議題に上げる子がいた。ミホちゃんだ。

「みんな、タッくんを甘やかし過ぎじゃないの?」

「タッくんは足が悪いだけなんだから、それ以外のことは、みんなと同じでしょ?」

ミホちゃんは、タッくんのご近所さんで、タッくんの良き理解者でもあったように見えたし、

なによりも頭の良い子だったから、みんな少し驚いた。

「ミホちゃんって冷たい」みたいな空気が流れた。

でも逆に僕は、衝撃を受けた。

ミホちゃんはすごいと思った。

こういうのが差別なんじゃないかと、おぼろげに理解できた。

そして、僕はミホちゃんをフォローした。

結果的に、タッくんに対しては、もう少し厳しく応対する、つまり、いろいろな意味

他のみんなと同じように接するということで落ち着いた。

タッくんはその後も悪化の一途をたどり、中学からはみんなと同じ公立の中学

行くのではなく、少し離れた養護学校に通うことになった。

それ以来僕はタッくんに会っていない。

中学に上がると、タッくんのことは急速に忘れて行ったが、たまに親から状況を聞いたりしていた。

本当の病名が、筋ジストロフィーというもので、現代医学では治らないこと。

そして、少なからず衝撃を受けたのが、命にも関わる病気で、もって20才くらいまでだということ。

それから僕は高校にあがり、大学に上がり、成人式を迎えた。

その間タッくんのことを思い出すことはほとんどなかったように思う。

成人式から幾日もたたないうちに、タッくんの訃報を聞いた。

ああ、来るべきものが来てしまったなと思っただけで、特別な感情はわいてこなかった。

僕は1人でお通夜に行った。これももう10年以上前の話だ。

遅く行き過ぎたせいで、弔問客はすでになく、タッくんのお母さんと直接話ができた。

もとから絵がうまかったタッくんは、養護学校に行ってから絵を勉強して、最近まで、

ずっと描いていたのだそうだ。

ただ、最近では、手も思うように動かなかったから、絵筆を口でくわえて描いていたという。

最後に描いた絵を絵はがきにして、弔問客に配っていたので、僕もいただいた。

これから逝ってしまうときに描いたとは思えない、さわやかな夜空とお月様が描かれていた。

足だけでなく、手も不自由になっていたということは少し驚いたが、筋ジストロフィーというのは

そういうものなんだろうと、妙に納得した記憶がある。

先日、引っ越しをするとき、荷物の中からその絵はがきが出てきた。

なんとなくタッくんのことを思い出し、それから筋ジストロフィーのことを調べてみた。

wikipedia のページを見て、筋ジストロフィーの症状として、精神薄弱などもあることに気がついた。

まさか

あれは病気とは無関係じゃなかったのかもしれない。

タッくんの落とし物が多かったことや、怒りっぽかったことは、病気のせいだったのかもしれない。

涙がこぼれてきた。

僕と、ミホちゃんがタッくんにした仕打ち。

なんて酷い。

  • でも、タッくんはみんなと同じように接してもらえて嬉しかったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 もしかしたら状況をよく飲み込めなかった可能性すら否定できないと思う...

  • それでわがままになる傾向があったとしても、矯正させるために厳しく接すことは大切 君が発達障害とはいえ、そのいい方はないな。と言われたことがあります

  • ミホちゃんの言ったこと、差別とは思わないし もちろん仕打ちだとも感じなかった。

  • 元増田です。 みなさんからお話を頂いて、いろいろと参考になりました。確かにこの出来事のおかげで「次はどう振る舞うのか」を考えるための貴重な財産を得ることが出来たと思いま...

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