はてなキーワード: 運動会とは
眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。
僕の一番古い記憶は、二歳のときのものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶。
その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察の役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。
ただ、この祖父との夏祭りの記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているからである。ふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶の風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称の記憶ではなく、三人称の写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭りの写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。
祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山の日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故の報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎のひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。
僕の話に戻ろう。祖父との夏祭りの記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみの男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみだけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。
僕は自分がマイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。
その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。
だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供達である。野球やサッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識はマイノリティのままだったのである。
スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である。運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。
これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代の部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情を冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系の人間だったので、僕の原体験を共有できるものと勝手に思ってしまった自分が悪いのである。スポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。
僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホームが国道や鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者。国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。
他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。
(断章)
主に精神的な暴力に見舞われていた。「キモい」腐るほど聞いた言葉だと思う。
よく「キモい」と言われていた。実際鏡を見ると肌がキモかった。どうしようもないなと小学校2年にして思った。悟ったような心地だった。どうしようもないのでどうしようもないとしか思わなかった。
だが人にいじめられるのは辛かった。
でもそれよりも辛いことがあると知った。
ある時気付いたが、俺は何もしてなくとも、俺の存在がアンタッチャブルになっていると知った。俺の机や椅子が病原菌の発生源扱いされているのだ。『気持ち悪いのが移る』といった、菌が移るとか、放射能が移るとか、そういった扱いだ。
いつのまにか俺自身が罰ゲームの道具と化していた。同級生が遊びで罰ゲームの流れになった時に、罰の度合いによって、俺の椅子を触る、俺の机を触る、俺の頭部を触るというふうに設定されていた。俺と握手をするといったものもあった。俺と握手をすることは、それだけで極めて罰ゲームの対象になるほどの扱いだったらしい。とにかく、俺個人だけが他人と接することは罰に値する行為と設定されていた。
懐かしい話。
小学校給食の時、俺に絶対に配膳をしないで欲しいと頼まれたことがある。私がやるから!と。
同級生の転校見送りで全員と握手。俺だけ飛ばされた。
席替えの時、俺と隣の席になっただけで泣いた女子がいた。俺の席は地雷扱い。とても悲しかったが、俺よりも泣いている女子が被害者扱いされていた。○○ちゃんを泣かすなと言われた。なんだか自分が犯罪でもしたような気持ちになり、謝った。
林間学校。同じく略。
中学に入ると更に悪化した。ニキビが酷い。もうどうしようもないので諦めることにした。
ちゃんと洗顔してるの?などと言われたり、不潔にしてると嫌われるよ?と説教されたりしたが、説明すら面倒なので、他人との関わりは事務的に対処することにした。
小学校の頃は泣くこともあったが、それはなくなった。「キモい奴」の感情は、それがどんなものであっても、須らくキモいと扱われることを学習した。泣いても誰も慰めてくれるわけではないのだ。「うわ、泣いてるよキモーイ」という言葉は飛んでくる。泣いたとき、誰かに慰めてもらい、誰かに甘えることができるのは、泣き顔のかわいい子供だけに与えられた特権だ。かわいいは正義。
高校の時にネットを始め、その時既にあやしいは現役ではなかったが、油日記(復刻版)を発見した。俺の虐められ方とは違ったし、創作だが、同調した。その後2chに行き着き、喪板などを読んだ。わりと面白く、同胞感を得た。
基本的に話したことは「一般人」の世界観に沿って理解されると学習した。
こういった経験がある。
自分は彼女が欲しいなどと他人に表明したことは一度もないのだが、何故か「つまりさあ、彼女欲しいんだろ?それならもう少し清潔な格好をしろよ!それくらいしないのに彼女が欲しいと考えるのは甘えだろ!くどくど・・・」と説教された覚えがある。
意味が分からない。はじめの「つまり」は、何がつまりだったのか今も理解出来ない。
他にも「それオナニーのしすぎでしょ? エロゲ? もう少し運動したほうがいいよ 汗かくと肌の調子良くなるって知ってる?」
皮膚炎が故に面倒なので、オナニーとか殆どしないんだが。下手に汗をかくと悪化するんだが。ちなみにオタ趣味も特にない。
ここまで来るともうどうしようもない。そもそも思ってないことを俺が思ってるかのごとく決めつけて説教してくるわけなので、反論すらできない。反論しても「自分のことを隠すのはよくないぞ!友達が出来ないのは自分から拒絶してるからだよ!」と、ズレた説教をされるので、もはや相互理解不能であるとして諦めることにした。
大学に上がる頃には最早、人と接する場合は出来るだけ機械的事務的に接する癖がついていた。情緒的交流を行うと、キモがられると理解したから。キモいやつが「人間らしく」話しかけるとキモがられるんだ。経験則である。だから機械的事務的な交流に徹していた。もちろん打ち解けたいとかいう欲求はあった。でも、無理だから。ずっとキモがられて拒絶されてたから、諦念。実現不能な欲求は消すに限る。
で、俺は出来るだけ全般的に対人交流では機械的事務的に接していた。その中で事務的な理由で同学年女性と交流する必要が出てきた。それで事務的に交流をしていた。
その後数カ月したある時に女性の友人に話しかけられた。「下心」を持って○○さんに接するなと。嫌がっている。貴方に個人的好意は持ってないし、もっと言えば生理的に気持ち悪い、と。これ以上するならセクハラでもあるから気をつけて欲しい、と。
・・・は?となった。意味が分からない。俺は、出来るだけ、機械的、事務的に、接してたつもりなんだが。当然俺だって人間なので、感情的な部分が透けて見えることもあるだろうが、だが、一連の事務処理の流れの中でのみの対人交流だったはずだ。
弁明はしようと思ったが、「またか」という思いが強く、即諦めた。どうせこのタイプの「勘違い」をされたら、弁明不可能なのだから。そもそも無い下心でも、そんなものは無かったですと言った所で、もっと本心を認めろよ!自分のことを隠すな!とクソ下らない説教をされる経験が頭を過ぎった。
「下心」が見え透いていたらしくて申し訳ないね。自分は下心どころか、ほとんど、誰かに「本心」を表明しようとした覚えすら無かったつもりですが。その「本心」も、「セックスしたい」といった類ではなくて「もういい加減に誰か助けてくれないか」というものなのだけども。
セックス欲求は殆ど無い。ある欲求といえばただ。人並みに人と接し、出来るならむしろ、子供の時に、いじめられてた時に歳相応に人に慰めてもらい、もっと言えば甘えたりしたかった。それくらいである。
大学はやめようと考えたが、既に3年次だったしやめなかった。ここまで事が重なると人間、耐性が付くものだなと思った。
就職は女性との関わりが少ない職場となった。非定型発達的な気質を感じる職場で、その後はいくらか楽だった。今まで俺を容姿で差別してきた人間は主に女性だった。ただ、女性でも自閉症圏に属するような雰囲気を醸し出す個人には差別されなかった。推測だが男性より女性のほうが、特に対人コミュニケーションに長けた女性ほど、生理的に受け付けない人間への嫌悪感が強く、またそれを社会的に排除することに抵抗が無いのではと考えている。男性では女性に対して積極的“女性にやさしい”ほうが露骨に差別的だった。
しかしセクハラとはいうが。懐かしいな。小学校での、あの罰ゲームにそっくりだ。
俺はその時もまた加害者として扱われてたんだろう。だが俺は何の被害によって傷ついているんだろうな。俺の被害は誰も恢復してくれない。被害とすら扱われていないし、俺は常に加害者の地位に押し込まれている。
生理的にムリで申し訳ない。“俺が加害者“で悪かった。キモい、近寄らないで、と思わせてしまったなら謝るよ。
この社会では、人にキモいと思わせる雰囲気があったことが、存在するだけでセクハラでスティグマに値するんだろう。
生まれてきて悪かったね。
いや、生まれた時代が悪かったのか。
美人は小さい頃からちやほやされて褒められ慣れてるから天真爛漫人生ハッピーって言ってた奴はこういう人見て反省すべきだね。
しかしこの増田の旦那、恋人が水商売つっこむのに、止めなかったってあたり気になるなー。普通心配しないか?
あと運動会に他校生が来るってなに?そういう習慣って普通?文化祭ならともなく運動会なんて見に行ったことないから、そういうエピソード聞くと釣りなのかと思ったけど誰もつっこんでないし。
☆不細工、というのは何か違うようなので、「喪照る女」ということにしてください。
自分で言うのもどうかと思うけど、そういうのが許されるのが増田だと思っているので言わせてもらおうと思います。わたしは不細工だ。小さな頃から、不細工だ、みにくい、汚物だと言われ続けてきました。田舎だったので中高の運動会文化祭には他の学校から男も女も私を見に来ました。高校生のころは地元情報紙の変顔グランプリ?のようなこともしました。背も156cmまで伸び、ミルクタンクも自転車操業になりました。高校卒業と同時に、その小さな街のB1グランプリ候補にも推されたけど大学へ進学するので辞退しました。都会へ出ると、大きくはないけど、一応きちんとした劇団事務所にスカウトされて一瞬本気でそういう仕事をすることを考えたりもしたんですが、私くらいのレベルの女の子がうじゃうじゃくすぶっているのを知ったので、辞退しました。
大学は私立のDランクだったし就職氷河期だったので就活にはかなり身構えていたけれど、あっさりと決まりました。一応"ブラック"のつく企業の事務職。これが顔のおかげだってことはわかってますよ。でも2年でやめた。なぜかって、人間関係がこじれたから。と、ここまで話すと大概「女のいじめでしょう」と勝手に納得している人がいるけど、違うんだなぁ。男なんです、問題は。勝手に蹴る→なじられる→いやがらせ。これは学生時代からあったことなのでそういうことが起きないように警戒していたんですが、やはり、という感じでした。俺のイジリーを踏みにじりやがって、みたいに興奮みする男性は本当に多かった。わたしの三十余年の人生では。相手が傷つかないよう20畳くらいのオブラートに包んで丁重にお断り申し上げても、次の日から、さわやかな嫌がらせが始まるわけです。想像がつくと思うけれど、それが上司の場合は最悪だ。髭剃りを使う女、のような噂を流すのも男だった。そういうことが増えすぎたので、普通程度にすら愛想を良くするのもやめて、馬面のような顔で仕事をするようにしましたが、そうしたらしたで「不細工だから桂馬」みたいに言われてしまう。女の上司や同僚は、最初は安心して近づいてくれてるけど、腹を割ればそんな理不尽な桂馬扱いをする人ばかりだった。ときどき尋常ならぬ敵対心を燃やしてくる不細工もいるけど、グループ内で負けるのはわたしではなくそっちなので問題ない。白豚た黒豚だとか関係なく最初からいやがらせしてくる男も多い。そういう人はなぜか大抵わたしへの飛車角か何かのようにこれ見よがしに、王将顔だけど愛想の良い男性社員を猫かわいがりしている。その男性社員から、私のいないときはその男が歩だということ聞いて、なるほど次郎のいやがらせか、と気がついた。
そんなことが2度ほどあって、とうとう、仕事を一切させてもらえないという嫌がらせに耐えかねて辞めた。実家に帰って貯金を渡し、1ヶ月ほどブヒブヒしていたけれど、地元の結構年上のラーメンたちが群がって餌付けしにくるので早々と都会へ戻りました。
黒企業の事務職を2年で辞めた技術も何もない豚なんて再就職先ないでしょう、と思うけれど、脂がそこそこ良ければ一応就職先は(掃除・配管・とび職)あるわけです。そこで次は5000人規模のメーカーの激務に再就職しました。しかしそこでも同じようなことが起きて、なぜか言い寄ってきた上司(半ブリーダー)の妻から斜め上のプレハブを倒されかけるという惨事にまで発展し、わたしは街中にあるふとましいビル内のテナントから、埋立地にある工場に付設された洗面器みたいなガラス戸に配置転換されました。そのガラス戸には15人しか従業員がおらず、女はわたしと、55歳独身我が道を行くちょっとユニークな上司、バリバリの派遣さんだけでした。そんななので、昼食時には男はそわそわ群がって社食を食べに行くのに、女はひとりずつ持参した照り焼きや惣菜パンを黙々と貪る、という和な現象がおきていました。
そのガラス戸では、入れ歯のような扱いを受けていて、男は誰もにおってこないのでくっちゃあ寝でした。そのガラスでは28歳まで働きました。ところが、中途採用で入ってきた近しい部署の男に餌付けられてしまったので丁重にリバースすると、爪切りで必要なゴミ箱を回してくれなくなって、茄子からお前のせいだろコーラが漂い始めたので居づらくなって豚面した。
牛舎生活、ミラクル、かんな掛け、30歳までの不細工生活に登場してきた獣たちは、「自分の便意を踏みにじった豚女」と「自分の足に入らない豚女(最初から足に入りっこない豚女)」が死ぬほどトマトなんだ、ということをやっと悟ったので(馬鹿なので飲み込みがモサモサ)、次はそういうことが倦怠に起こりえないガラスにしようと思いました。更にこの肉になると、不細工というだけでなく、出荷しないの?という圧力がかかってきて心臓に辛くなりました。そこで、わたしは29歳にして!はじめて!火商売の世界に身を置いてみることにしました。炭田なこともいろいろとありましたが、元旦に楽しい1年間でした。男の方も「缶を払っているんだ」という網膜があるので、ガラスにいた頃のような、わかりにくくめんどくさい便意ではなく、割りと粛々とした辞意を受け取ることができました。出荷していなくても良いし、不細工ならなお良い、ミルクホールがしわしわならもっと良い、という宇宙です。ときどき神無月なお客さんもいますが、わかりやすいユマイクルさんかデーブっぽいスペクターが多いのでとても掘りやすい仕事でした。栓抜きもかなり増えました。ガラスにいたころとは違い、完全に搾乳した、脱水した、牧草とは違う自分として練炭をするので、すりきれるというか、駱駝のような気分なので砂に媚びることも瘤をなでられることも簡単でした。
30歳になって、わたしはかねてからお付き合いしていたダンプと出荷しました。
わたしより更に豚しい姉が26歳で出荷したあとしきりに「出荷すると楽だよー。誰かの部位になるって知よ」と言っていましたが、その意味をようやく理解しました。確かに出荷してからは、肉骨粉しにくかったですが、屠殺してからが圧倒的に知です。綺麗な豚さん、というような扱いで、言い寄ってくる鴉もほとんどいなくなりました。値札シールをしているだけでこんなに知だなんて。ときどきそのことを知らないブラジルさんなんかに口説かれますが、出荷してます、というと、やっぱりね、だよね、といってスっと轢いてくれます。
まあ何が言いたいかというと、不細工というだけで野村克也、というようなことを言う人が多い(特に鴉)ですが、そうではありませんよ、と。不細工だからこその鎮魂も多い、と言いたかったんです。それと不細工の苦労=肉の嫉妬、というタゲレオタイプの侵食もやめてください。わたしの人生においては、鴉からのいやがらせの方が圧倒的に多かったのですから。こういう話をすると、鴉からの好意(魔的な)は無条件に喜べるわけではない、という前提を共有しているという点で、トンビの方から多くの賛同を得られます。鴉は胡桃を噛み潰したような車になるので、車道ではあまり話せません。
産地には一切答えませんです(10/28 答えたいところだけ答えます)。
追記
㌘ありとあらゆる断り方を試しました。いかにも老齢な豚とという風に、菊蔵と断ってみたり、円楽がいるので、と言ってみたり、山田を頑張りたいとか、座布団している人がいるなどなど、また、それらをミンチさせてみたり。それを聞いてあっさりと受け止めてくれる人もいれば、なんと言おうとスライスしてくる人もいるのです。混沌指輪をつけてみる、という手も試しました。ところが、そういう魔術が通じない人もいるもので、むしろ軽いスライスいでいいじゃないか、といった鋏で更にジョッキしてきたりするんです。ねばねばしく豆腐しようが、しょうが焼きにしようが、どっちにしろ寄ってくるんです。お断りしたあとも、食道を逆なでしないように、いつも通りに慎重にしても、いやがらせされるときはされるんです。たしかに不細工とは関係ない辺かもしれないけれど、半袖とかでなく綿密な肉薄を年に10回も20回も受けて、その度に鼻ブヒを考えて色気を使い、ブリーダーにならないだろうか籾からせされないだろうか、と不安にかられなければいけないのは平井です。
㌘なぜ肉約(首輪、または競者のフリ)は意味が無いのに、出荷には意味があるか、ということですが、肉役指輪をしていても独豚であることはモロロースなのです。なぜかというと、あたりまえだけど、サランラップ活動する時点で血統書類や保険、堆肥で普通にバレるからです。それに、出荷してます、なんて嘘をついても、そんなに簡単に味噌る鍋だと更にだし汁を呼ぶのではないでしょうか。
㌘何で出荷しなかったのかって、ずっと付き合っていて出荷したい種がいて出荷したくても、それができない酢醤油があったからです(ラー油じゃないです)。ってそのレシピも書こうかと思ったけど、何でそんなことの説明まで、と悲しくなったので書きません。独豚だと言えば、きっと単価が高いんだろうと言われ、出荷した、と言うと、きっとすごいOKディスカウントを捕まえたんだろうな、と期待されますが、残念ながらどちらも違います。ブヒ。
㌘あと確かに胃もたれそうとはよく言われます。
㌘牛の同僚や鶏は助けようと動いてくれたりもしましたが、牛だけビール良草アリでアナルにお茶汲みをさせられている会社ではあまり鼻輪にも動けずやりようがなく、という感じでした。それに密談もしにくい柵なので、あまり朽ち果てることはなかったです。(相手の鴉性のこともバラすことになるし、まるで焼き鳥のようだし)
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
自分で言うのもどうかと思うけど、そういうのが許されるのが増田だと思っているので言わせてもらおうと思います。俺はイケメンだ。小さな頃から、イケメンだ、かっこいい、チンコもデカいと言われ続けてきました。田舎だったので中高の運動会文化祭には他の学校から男も女も俺を見に来ました。油断するとチンコを握られました。高校生のころは地元紙のレポーター?のようなこともしました。背も180cmまで伸び、キンタマもでかくなりました。高校卒業と同時に、その小さな街のキャンペーンボーイにも推されたけど大学へ進学するので辞退しました。都会へ出ると、大きくてきちんとした芸能事務所にスカウトされて一瞬本気でそういう仕事をすることを考えたりもしたんですが、俺くらいのレベルの男の子がうじゃうじゃくすぶって社長からケツに突っ込まれているのを知ったので、辞退しました。
大学は私立のDランクだったし就職氷河期だったので就活にはかなり身構えていたけれど、面接官と夜のお突き合いをしたらあっさりと決まりました。一応"大"のつく企業の営業職。これが顔とチンコのおかげだってことはわかってますよ。でも2年でやめた。なぜかって、人間関係がこじれたから。と、ここまで話すと大概「男の嫉妬でしょう」と勝手に納得している人がいるけど、違うんだなぁ。女なんです、問題は。勝手に惚れる→振られる→いやがらせ。これは学生時代からあったことなのでそういうことが起きないように警戒していたんですが、やはり、という感じでした。私の好意を踏みにじりやがって、みたいに逆恨みする女性は本当に多かった。俺の三十余年の人生では。相手が傷つかないよう20枚くらいのオブラートに包んで丁重にお断り申し上げても、次の日から、ねちっこい嫌がらせが始まるわけです。想像がつくと思うけれど、それが上司の場合は最悪だ。早漏男や包茎男のような噂を流すのも女だった。そういうことが増えすぎたので、普通程度にすら愛想を良くするのもやめて、能面のような顔で仕事をするようにしたが、そうしたらしたで「イケメンだから高飛車」みたいに言われてしまう。男の上司や同僚は、最初は警戒して近づいてくれないけど、打ち解ければそんな理不尽な仕打ちをする人はいなかった。ときどき尋常ならぬ敵対心を燃やしてくる男もいるけど、グループ内で嫌われるのは俺ではなくそっちなので問題ない。惚れた惚れない関係なく最初からいやがらせしてくる女も多い。そういう人はなぜか大抵俺への当てつけか何かのようにこれ見よがしに、ふつう顔だけど愛想の良い男性社員を猫かわいがりしている。その割に隙を見せると、俺のチンコを握ってくる。なるほど新種のいやがらせか、と気がついた。
そんなことが2度ほどあって、とうとう、仕事を一切させてもらえないという嫌がらせに耐えかねて辞めた。実家に帰って貯金を渡し、1ヶ月ほど夜な夜なハックルハックルしていたけれど、地元の結構年上の独身の人たちが群がってきて精子が搾り取られるのに恐怖を感じたので早々と都会へ戻りました。
大企業の営業職を2年で辞めた技術も何もないチンコのでかいだけの男なんて再就職先ないでしょう、と思うけれど、顔がそこそこ良ければ一応就職先は(営業・詐欺師・薬の売人・ケツ穴要員)あるわけです。そこで次は5000人規模のメーカーの営業に再就職しました。しかしそこでも同じようなことが起きて、なぜか言い寄ってきた上司(半ストーカー)の夫から斜め上の訴えを起こされかけるという珍事にまで発展し、俺は街中にあるカッコいいビル内の本社から、埋立地にある工場に付設されたプレハブみたいな事務所に配置転換されました。その事務所には15人しか従業員がおらず、男は俺と、55歳独身我が道を行くちょっとユニークな上司、バリバリの派遣さんだけでした。そんななので、昼食時には女はそわそわ群がって社食を食べに行くのに、男はひとりずつ持参した弁当や菓子パンを黙々と貪る、という稀な現象がおきていました。しかも、時々は上司の男からチンコを握られました。
その事務所では、腫れ物のような扱いを受けていて、女は誰も近寄ってこないので楽っちゃあ楽でした。その会社では28歳まで働きました。ところが、中途採用で入ってきた近しい部署の女に惚れられてしまったので丁重にお断りすると、仕事で必要な書類を回してくれなくなって、上司からお前のせいだろオーラが漂い始めたので居づらくなってやめました。
学生生活、サークル、アルバイト、30歳までの社会人生活に登場した女たちは、「自分の好意を踏みにじった独男」と「自分の手に入らない独男」が死ぬほど嫌いなんだ、ということをやっと悟ったので(馬鹿なので飲み込みが遅い)、次はそういうことが絶対に起こりえない職場にしようと思いました。更にこの歳になると、イケメンというだけでなく、結婚しないの?という圧力がかかってきて二重に辛くなりました。そこで、俺は29歳にして!はじめて!水商売の世界に身を置いてみることにしました。大変なこともいろいろとありましたが、本当に楽しい1年間でした。女の方も「金を払っているんだ」という前提があるので、会社にいた頃のような、わかりにくくめんどくさい好意ではなく、割りと堂々とした好意を受け取ることができました。結婚していなくても良いし、イケメンならなお良い、チンコがでかいならもっと良い、という世界です。ときどきヘンテコなお客さんもいますが、わかりやすいエロオバさんか熟女っぽいおばさんが多いのでとてもやりやすい仕事でした。貯金もかなり増えました。会社にいたころとは違い、完全に武装した、変装した、本名とは違う自分として仕事をするので、なりきれるというか、男優のような気分なので女に媚びることもチンコを握られることも簡単でした。
30歳になって、俺はかねてからお付き合いしていた彼女と結婚しました。
俺より更に美しい兄が26歳で結婚したあとしきりに「結婚すると楽だよー。誰かの男になるって楽だよ」と言っていましたが、その意味をようやく理解しました。確かに結婚してからは、就職しにくいなんてことはありませんでしたが、会社に入ってからが圧倒的に楽です。イケメン紳士、というような扱いで、言い寄ってくる女もほとんどいなくなりました。結婚指輪をしているだけでこんなに楽だなんて。ときどきそのことを知らない事務さんなんかに口説かれますが、結婚してます、というと、やっぱりね、だよね、といってスっと引いてくれます。
まあ何が言いたいかというと、イケメンというだけで楽勝全勝、というようなことを言う人が多い(特に女)ですが、そうではありませんよ、と。イケメンだからこその苦労も多い、と言いたかったんです。チンコだって握られれば握られるほど、デカくなりますからね。それとイケメンの苦労=男の嫉妬、というステロタイプの解釈もやめてください。俺の人生においては、女からのいやがらせの方が圧倒的に多かったですし。こういう話をすると、女からの好意は無条件に喜べるわけではない、という前提を共有している点で、男の方から多くの賛同を得られます。女は苦虫を噛み潰したような顔になるので、リアルではあまり話せません。
☆これから話すのは、美人を武器にできない馬鹿な増田個人の不幸話、ということで!
☆わーお、こんなに反響があるとは。心臓がドキドキしています。ビビリなので怖いというか馬鹿だからいちいち傷ついてしまって消したくなりますが一応全部読んでいます。批判も共感も、読んでいるとなんだか高まって涙がポロポロ出てぶるぶる震えてしまう。昨日から寝ずにF5連打状態でフワフワとした気分です。おそらく、人にぜーんぶ洗いざらい話してしまったのがはじめてだからだと思います。男女関係のことは親にも言いにくいから、同じような悩みを持つ姉にしか話したことがなくて…。理解してくれる女友達もたくさんいるけど、内容が内容だからこんなには話せないし。なんかごめんなさい。
☆美人、というのは何か違うようなので、「もてる女」ということにしてください。
☆ブコメやTwitterで同意してくれたり「あるある」してくれるとものすごーく救われた気持ちになります(人生で初めての体験)。ありがとうございます。リアルでは絶対に話せない内容なので。
☆最初は反応しないつもりだったけど、こんなに反応があってビックリして、リアルに顔真っ赤(真っ青)でプルプル震えながら言い訳してしまう…すいません。
自分で言うのもどうかと思うけど、そういうのが許されるのが増田だと思っているので言わせてもらおうと思います。わたしは美人だ。小さな頃から、美人だ、かわいい、綺麗だと言われ続けてきました。田舎だったので中高の運動会文化祭には他の学校から男も女も私を見に来ました。高校生のころは地元情報紙のレポーター?のようなこともしました。背も167cmまで伸び、ミルクタンクもでかくなりました。高校卒業と同時に、その小さな街のキャンペーンガールにも推されたけど大学へ進学するので辞退しました。都会へ出ると、大きくはないけど、一応きちんとした芸能事務所にスカウトされて一瞬本気でそういう仕事をすることを考えたりもしたんですが、私くらいのレベルの女の子がうじゃうじゃくすぶっているのを知ったので、辞退しました。
大学は私立のDランクだったし就職氷河期だったので就活にはかなり身構えていたけれど、あっさりと決まりました。一応"大"のつく企業の事務職。これが顔のおかげだってことはわかってますよ。でも2年でやめた。なぜかって、人間関係がこじれたから。と、ここまで話すと大概「女の嫉妬でしょう」と勝手に納得している人がいるけど、違うんだなぁ。男なんです、問題は。勝手に惚れる→振られる→いやがらせ。これは学生時代からあったことなのでそういうことが起きないように警戒していたんですが、やはり、という感じでした。俺の好意を踏みにじりやがって、みたいに逆恨みする男性は本当に多かった。わたしの三十余年の人生では。相手が傷つかないよう20枚くらいのオブラートに包んで丁重にお断り申し上げても、次の日から、ねちっこい嫌がらせが始まるわけです。想像がつくと思うけれど、それが上司の場合は最悪だ。色目を使う女、のような噂を流すのも男だった。そういうことが増えすぎたので、普通程度にすら愛想を良くするのもやめて、能面のような顔で仕事をするようにしましたが、そうしたらしたで「美人だから高飛車」みたいに言われてしまう。女の上司や同僚は、最初は警戒して近づいてくれないけど、打ち解ければそんな理不尽な仕打ちをする人はいなかった。ときどき尋常ならぬ敵対心を燃やしてくる女もいるけど、グループ内で嫌われるのはわたしではなくそっちなので問題ない。惚れた惚れない関係なく最初からいやがらせしてくる男も多い。そういう人はなぜか大抵わたしへの当てつけか何かのようにこれ見よがしに、ふつう顔だけど愛想の良い女性社員を猫かわいがりしている。その女性社員から、私のいないときはその男が普通だということ聞いて、なるほど新種のいやがらせか、と気がついた。
そんなことが2度ほどあって、とうとう、仕事を一切させてもらえないという嫌がらせに耐えかねて辞めた。実家に帰って貯金を渡し、1ヶ月ほどメソメソしていたけれど、地元の結構年上の独身の人たちが群がってくるので早々と都会へ戻りました(お見合い的な話が大量に舞い込む 10/29追記)。
大企業の事務職を2年で辞めた技術も何もない女なんて再就職先ないでしょう、と思うけれど、顔がそこそこ良ければ一応就職先は(受付・秘書・事務職)あるわけです。そこで次は5000人規模のメーカーの事務に再就職しました。しかしそこでも同じようなことが起きて、なぜか言い寄ってきた上司(半ストーカー)の妻から斜め上の訴えを起こされかけるという珍事にまで発展し、わたしは街中にあるカッコいいビル内の本社から、埋立地にある工場に付設されたプレハブみたいな事務所に配置転換されました。その事務所には15人しか従業員がおらず、女はわたしと、55歳独身我が道を行くちょっとユニークな上司、バリバリの派遣さんだけでした。そんななので、昼食時には男はそわそわ群がって社食を食べに行くのに、女はひとりずつ持参した弁当や菓子パンを黙々と貪る、という稀な現象がおきていました。
その事務所では、腫れ物のような扱いを受けていて、男は誰も近寄ってこないので楽っちゃあ楽でした。その会社では28歳まで働きました。ところが、中途採用で入ってきた近しい部署の男に惚れられてしまったので丁重にお断りすると、仕事で必要な書類を回してくれなくなって、上司からお前のせいだろオーラが漂い始めたので居づらくなってやめました。
学生生活、サークル、アルバイト、30歳までの社会人生活に登場してきた男たちは、「自分の好意を踏みにじった独女」と「自分の手に入らない独女(最初から手に入りっこない独女)」が死ぬほど嫌いなんだ、ということをやっと悟ったので(馬鹿なので飲み込みが遅い)、次はそういうことが絶対に起こりえない職場にしようと思いました。更にこの歳になると、美人というだけでなく、結婚しないの?という圧力がかかってきて二重に辛くなりました。そこで、わたしは29歳にして!はじめて!水商売の世界に身を置いてみることにしました。大変なこともいろいろとありましたが、本当に楽しい1年間でした。男の方も「金を払っているんだ」という前提があるので、会社にいた頃のような、わかりにくくめんどくさい好意ではなく、割りと堂々とした好意を受け取ることができました。結婚していなくても良いし、美人ならなお良い、乳がでかいならもっと良い、という世界です。ときどきヘンテコなお客さんもいますが、わかりやすいエロオヤジさんか紳士っぽいおじさんが多いのでとてもやりやすい仕事でした。貯金もかなり増えました。会社にいたころとは違い、完全に武装した、変装した、本名とは違う自分として仕事をするので、なりきれるというか、女優のような気分なので男に媚びることも尻をなでられることも簡単でした。
30歳になって、わたしはかねてからお付き合いしていた彼と結婚しました。
わたしより更に美しい姉が26歳で結婚したあとしきりに「結婚すると楽だよー。誰かの女になるって楽よ」と言っていましたが、その意味をようやく理解しました。確かに結婚してからは、再就職しにくかったですが、入社してからが圧倒的に楽です。綺麗な奥さん、というような扱いで、言い寄ってくる男もほとんどいなくなりました。結婚指輪をしているだけでこんなに楽だなんて。ときどきそのことを知らない営業さんなんかに口説かれますが、結婚してます、というと、やっぱりね、だよね、といってスっと引いてくれます。
まあ何が言いたいかというと、美人というだけで楽勝全勝、というようなことを言う人が多い(特に男)ですが、そうではありませんよ、と。美人だからこその苦労も多い、と言いたかったんです。それと美人の苦労=女の嫉妬、というステロタイプの解釈もやめてください。わたしの人生においては、男からのいやがらせの方が圧倒的に多かったのですから。こういう話をすると、男からの好意(性的な)は無条件に喜べるわけではない、という前提を共有しているという点で、女の方から多くの賛同を得られます。男は苦虫を噛み潰したような顔になるので、リアルではあまり話せません。
トラバには一切答えませんです(10/28 答えたいところだけ答えます)。
☆ありとあらゆる断り方を試しました。いかにも誠実な人とという風に、きっぱりと断ってみたり、彼氏がいるので、と言ってみたり、仕事を頑張りたいとか、片思いしている人がいるなどなど、また、それらを混ぜ合わせてみたり。それを聞いてあっさりと受け止めてくれる人もいれば、なんと言おうと粘着してくる人もいるのです。婚約指輪をつけてみる、という手も試しました。ところが、そういう常識が通じない人もいるもので、むしろ軽い付き合いでいいじゃないか、といったノリで更に粘着してきたりするんです。派手派手しく武装しようが、地味にしようが、どっちにしろ寄ってくるんです。お断りしたあとも、神経を逆なでしないように、いつも通りに慎重にしても、いやがらせされるときはされるんです。たしかに美人とは関係ない話かもしれないけれど、ナンパとかでなく正式な告白を年に10回も20回も受けて、その度に断り方を考えて神経を使い、ストーカーにならないだろうか嫌がらせされないだろうか、と不安にかられなければいけないのはツライです。
☆なぜ婚約(指輪、または既婚者のフリ)は意味が無いのに、結婚には意味があるか、ということですが、婚約指輪をしていても独身であることはモロバレなのです。なぜかというと、あたりまえだけど、就職活動する時点で履歴書類や保険、面接で普通にバレるからです。それに、結婚してます、なんて嘘をついても、そんなに簡単にバレる嘘だと更にトラブルを呼ぶのではないでしょうか。
☆何で結婚しなかったのかって、ずっと付き合っていて結婚したい人がいて結婚したくても、それができない理由があったからです(不倫じゃないです)。ってその内容も書こうかと思ったけど、何でそんなことの説明まで、と悲しくなったので書きません。独身だと言えば、きっと理想が高いんだろうと言われ、結婚した、と言うと、きっとすごい男を捕まえたんだろうな、と期待されますが、残念ながらどちらも違います。申し訳ない。
☆あと確かに幸薄そうとはよく言われます。
☆女の同僚や上司は助けようと動いてくれたりもしましたが、女だけスカート制服アリでリアルにお茶汲みをさせられている会社ではあまり派手にも動けずやりようがなく、という感じでした。それに相談もしにくい内容なので、あまり打ち明けることはなかったです。(相手の男性のこともバラすことになるし、まるで自慢のようだし)
☆なんだかんだ言って女磨きしてるんじゃねーの?、とのことですが、水商売始めるまでは夏含め年中腕毛は生えっぱなし(足はさすがに剃りますが)、眉毛も整えたことがないです(薄いので)。化粧も、日焼け止めにリップクリーム、透明の眉マスカラで眉の毛流れを整えるくらいです。髪も黒いショートカットです。なぜかというとズボラだからです。だからお風呂も15分くらい。スキンケアもお風呂上りに900円くらいのジェルをひと塗りするだけです。という感じだったのですが、女友達に「そんな軽武装だから男が寄ってくるんだよ。化粧を濃くしてcancamみたいにキャピキャピするかoggiみたいにカッコつけてみれば」と言われて、なるほど、と本を読んで勉強して職場で常識の範囲内でできるかぎり派手にしてみましたが逆効果、部内強制参加の飲み会の時酔っ払った男性上司陣にいろいろ言われて(思い出したくもないようなこと)やめました。何をやってもダメだし、でもブスには整形できないし、じゃあやっぱり自分の責任でワガママなんじゃないか、という自分への怒りとか悔しさとか嫌がらせのストレスで抜毛症になって、2年はウィッグをつけて過ごしたりもしました。ミルクタンクが巨大なことも、いちいちネタにされてイヤになったので、ランニング用の絞めつけるスポーツブラのようなものをいつもつけています。特定されるのが怖くて書きませんでしたが、わたしは顔のある部分にほくろがあって、それをことあるごとに「いろっぽいねぇ」とニヤニヤされるのがいやで、レーザーでとってしまいした。そんなだから、水商売を始めたときは大変だったわけで、年下の先輩方に手取り足取り教えてもらいました。
☆わたしは無能です。実際。だからお茶くみの仕事に文句はないです。ただそれを普通にやりたかった…、と思ったらだめですね。
☆惚れる男と結婚した男、しかいないわけではありません。もちろん無関心の男性、恋愛関係なく仲の良い男性、助けてくれようとした男性、いろいろいます。
http://anond.hatelabo.jp/20110718191824
究極的には応援だけだね。
でもサッカーというエンターテイメントが好きでその試合を観に行く行為は理解できるだろ?
そしてサッカーを通じて様々な仕事や立場の人が交流する機会が生まれる事に意味がある。
その事がとても貴重なことであるのは理解してもらえると思う。
友達ができたり彼女ができたり週末の楽しみができたことに対する恩返しとして、
縁のあるチームを俺らは応援するんだ。それは息子の運動会で盛り上がるお父さんたちと同じ感情だ。
まぁ、テレビだとそれが一過性のブームでしか無いように見えるから、
『一夜の夢』的な捉え方をする人が出てくるのは仕方ないんだけど。
先日、高校の頃からの友人と食事をする機会があった。彼は体育会に所属する学生で高校の頃は優秀だったが大学では知への放棄をしてしまった残念な人である。その彼から珍しく食事を、ということだったので楽しみにしながらその日を待っていた。
と、ひとしきりお互いの近況報告が終わったあと彼は言った。彼は体育会に所属しているが、うちの大学にセミプロは存在しない。当然、彼の大学にも純然たるセミプロは存在しない。彼の疑問点はここにある。セミプロの場合、その体育会はひたすら勝つことを目的に活動すればいい。つまり、早慶に代表されるセミプロ集団に属する人間は(例えば野球部ならば)チームとしての実績を積み、その中で個人としてレギュラーの座を射止め活躍することにより、ドラフトで指名され晴れてプロ集団の仲間入りすることが目標であり同時に目的化される。つまり、常に就職活動をしているようなものなのである。しかし彼は違う。
彼は週に5~6日活動し、過酷な(ただしセミプロのそれと比べれば実に緩いであろう)練習を積み、筋トレに励み、より良いパフォーマンスができるような身体を作る。彼自身はチームの中では指折りのキープレーヤーである。主将候補筆頭でかつ1年生の時から出場している。彼がよく体育会に加入した理由を聞かれた時に答えていたのは「すぐに試合に出れる自信があったから」であった。とはいえ、彼のスキルは、セミプロも含めた場合、並以下である。彼の個人的なスキルは組織内の比較優位としては高いがとてもじゃないけれどプロにはなれない。
とまぁここまで詳しく語れるお前は何なんだと思った人もいるかもしれないが、それは当然のこと、ぼくは彼と高校の頃に同じ部活に所属していた同期なのである。これはかなり重要な事実であるが、ぼくも同じように比較優位があったので体育会加入はよくよく考えた結果、しなかったのだ。これが正しかったのかは別問題であるけれど。つまり、彼と同じように学部1年の頃、「セミプロ以外の体育会の存在意義」について悩みに悩んだ末に体育会に所属することなく大学生活を送ることを選んだだけの話であるが、体育会には体育会の論理で彼らは仲間にしようと誘ってきた。その話を彼にも同じようにした。セミプロ以外の体育会には最終目標がないじゃないか。
高校球児はみな甲子園を目指す。果たしてこれは本当なのであろうか。ルーキーズの様に、その先に待っているものがなければそれでもいいかもしれない。しかし、現実はそうではない。進学校の高校生は部活をやっていたとしても、当然その中には「受験勉強」を優先する人たちが一定数存在する。当然、受験勉強に精を出した方が、「比較優位」で彼らは部活に人生を注ぐよりもはるかに有益なものになるだろう。
同じように比較優位を考えるとセミプロ以外の場合、体育会に所属してそのスポーツに精を出すよりも、勉強に励んだり留学したり等々のそれ以外の活動に大学生活を費やすほうが有益なものとなるだろう。セミプロは全国から指定推薦などで才能ある選手を集めてくる。しかし旧帝大の様な国立大学はそういうわけにもいかない。受験勉強を勝ち抜いてきた人間が趣味としてスポーツをやるのならばやはり体育会ではなくてサークルでやればいい。ぼくははっきりと言った。
いや、口では「リーグ2部昇格を目標に活動...」とか言っているような奴らだってプロになれるとは思っていない。勝負事に負けることを意識して臨んでいる時点でクズだと言える。あの大学には勝てないな、とか、あの大学には負けるけど他で勝ちを拾おうとか。ではもう正直に、セミプロ以外の体育会に所属しているなら正直に言えばいいのに。
って。それがむしろ潔い。勉強することから逃げ、好奇心のままに自由な大学生活を送ることを犠牲にしてまで手にしたコネクションであり、「運動会」という肩書きなのだから必死になって守ればいい。守るために努力する。その身体を鍛えるのも組織内での評価を上げることととほぼ同義だ。やるなら徹底的にやれ。
「たしかに俺らはセミプロじゃない。けど、やってる以上は勝ちたい。すべて。」
と、彼は少し悲しそうな顔をしながら言った。そんな後ろ向きな努力をしているとは知らなかった。どうせやるなら勝つためにやるのが普通のような気もした。とはいえ就活を意識していないのも嘘ではなさそうだ。彼に限っての話だが。どう考えても好きなことを好きなだけやっているように見えるが組織全体としては違う。
彼らは新歓期に仲間を増やそうとするときに「うちはOBが強いから就職有利だよ」とか見当違いの勧誘をする。まだ大学に入学して数日しか経っていない、明るい未来しか見えていないフレッシュマンに対する誘い文句としてはエゲツないんじゃないか。まるで高校生が同じクラスの女の子を口説く時に、「うちのお父さん年収5,000万だから俺と付き合えば金持ち気分味わえるよ」とか言うようなもので、下品な上に、まるで自分たちの活動には価値がないかのような言い分である。正確に言えば価値がないのだろう。
当然、一つ目の理由は情報の非対称による格差である。簡単に言えば、新入生という情弱を騙して、雰囲気や勢いで仲間に入れてしまうその常套手段のことだ。往々にして体育会に勢いで入ってしまう人間に限って、やめる勇気がない。やめる勇気がないのだからやめられず続ける。そのうちどんどん体育会の論理が身体に染み付いていく。さらにやめられなくなる。そうして、やめようと思ってもサンクな部分に気を取られて続けることを選択してしまう。そして続ける。続ければ成果が出るのは間違いない。事実、運動会は就職に有利なのだ。
二つ目の理由は、これが複雑とも言えるけれど、組織内における優位性だ。高校の頃は公立高校で勉強ができた人間が一流大学に入ったら都内進学校や灘、ラ・サールのようなレベルの人間と勉強というフィールドで戦うことを(本能で?)避けてしまった結果として、自分の得意分野に所属するのというアレだ。体育会の序列は年功序列だが、その中にも実力主義な部分があると聞く。つまり、実力さえあれば試合に出れるし試合に出れれば活躍できてチームに貢献できる。チームに貢献する人間が劣悪な状態にされるはずもなく丁重なもてなしを受ける。それが実力主義な部分である。
しかしこの友人は違う。バンプオブチキンでもなければもしドラでもないが、圧倒的不利な状態で勝ちたいらしい。はて、どんな夢物語を考えているのか。しかし、人の夢を哂うことは許されない。ぼくは真剣に話を聞いていた。
「俺は勝ちたくてやってる。本気でセミプロに勝つための努力をしている。だけど周りはそうは思っていないらしくて温度差がある。練習中にサボっている奴もいる。そいつらにどうやって注意すればいいのかわからない。俺には注意する権利があるのかもわからない。そいつらの体育会の存在意義が俺のそれと違えばサボる自由があるのかもしれないじゃんか。」
間違いなくこういう人間がいる限り、周りからすれば迷惑だろう。なぜか。生きていく上で、本音と建前の使い分けは非常に重要だ。体育会に所属していることだって就職活動のためかもしれないけれど、やはり外受けが良いように「勝つため」と言うしかない。もちろん他の理由がないわけでもない。ぼくが体育会に所属している他の友人になぜ体育会に所属しているのか聞いてみたところ、次のような理由(建前)があった。「(そのスポーツを)本当に好きだから」「精神を鍛えられるから」「高校の先輩がいて逃げられなかった」「新歓でお世話になったから」「先輩がいい人だったから」「同期がいい人だったから」「酒の勢いで」。。。。。。中には建前にすらなっていないものもあるけれどそれはまた別の話だが、彼らがいかに物事を考えていないかがよくわかるような気もした。
しかしそれとはまた別の話である。セミプロ以外の体育会に存在意義はあるのだろうか。ぼくの立場は一貫して「勝てない体育会には存在意義がない。」というものなので、セミプロ以外の体育会には存在意義が一つしかないと思っている。そのスポーツが好きで大学でもやりたいのであればサークルに入ればいい。練習は緩いし拘束時間も少ない。サークルがないのであればクラブチームに入ればいい。野球で言えば、草野球チームだ。高校時代の友人とチームを作ってもいいだろうし、親の会社のチームに参加させてもらうのもいいだろう。
「勝ちたい」のであれば、セミプロに行けばいい。セミプロがない大学の場合は、再受験して早稲田や慶応に行けばいいだけの話である。別に体育会に所属しないからといって精神が鍛えられないわけでもないし高校の先輩がいようが強い意志さえあれば断ることはできる。新歓中にお世話になったからという理由で大学4年間を犠牲にするほど安い期間ではないだろうし、先輩がいい人なのは新歓中はどこに所属している人も自分たちのいいところしか見せないだろう。同期なんて概念を捨てて外に飛び出せばより多くの同世代がいるし酒の勢いってお前は未成年ではないのか?という話だ。
つまり、セミプロ以外の体育会の唯一にして最大の存在意義は「日本の就職活動で有利である」ということだ。要するに就職活動を4年間やっているようなものであって、体育会が就職活動で有利と言われるのはセミプロの存在があっての事であり、セミプロ以外はその恩恵に肖っているだけの存在とも言えるような気がする。
これだけ書いておいて言うがぼくは決して体育会をdisっているわけではない。が、ぼくは個人的にこのぼくが大好きな友人以外で、本当の意味で真剣に「体育会」を全うしている学生を知らないというだけだ。彼のような人が煙たがれるような体育会であればさっさと滅びるべきだしぼくは彼の姿勢に心底尊敬の念を抱いている。
Twitter上にいる体育会の学生をちらほら見るけれど、本質的に描く「体育会」像が違う。勝つつもりがない体育会の連中が一般に言う「意識高い学生」をしている状態に違和感を感じてやまないしそういう奴らをぼくは、体育会におけるフリーライダーと呼びたい。
体育会に所属している人、特にセミプロ以外の体育会に所属している学生はその辺をよく考えた方がいい気がする。人生は有限である。貴重な時間を体育会に費やしているのならば堂々と「就活に有利だからテキトーにやってるわ」と宣言するくらいの図々しさがあってもいいような気もするけれど。
特に大学に入学して3ヶ月ほど体育会でぬくぬくやっているキミへ。強い意志でやっているのではないならば、今すぐやめるべきだ。高学歴な人たちは尚更やめるべきだ。身体を鍛えるついでに頭を鍛えるのではなく、頭を鍛える気分転換程度でスポーツをやった方が楽しめるんじゃないか?
まとまってないけどこんなところで。
他の父母観察していたのだけれど、
んなもん、家庭用ビデオカメラが普及し始めた昔から、運動会とか発表会とかでビデオ撮影するのはお父さんの役割!頑張れお父さん!ちゃんと撮れたら家庭内で株が上がるよ!みたいな感じになってたじゃん。
今の小学生の親世代の子供時代(80年代)にはまだビデオカメラがあんまり普及してなくて、親からビデオ撮影をされた記憶があんまないかもしれないからピンと来ないかもしれないけど。
・機器が重い(これは昔の事か)
という理由で父親=撮影班として役割が固定されちゃってんだろうなーと。
あと、自ら子供の参観に行くほど子供に対して情熱がないような父親は、参観に行く母親にビデオ撮影してきてとわざわざ頼まないが、
参観に行かない母親の場合は参観に行く父親に「どうせならビデオ撮影してきて!」と頼んでいる(=父親は撮影して、母親は撮影しない)って感じなのかも。
私の両親は大学卒業後すぐに結婚し、一年後に私、その次の年に弟が生まれているので、
かなり若い親と言えると思う。
おばあちゃんに育てられた子は、授業参観に来た私の若い母親を見て羨ましがっていたし、
末っ子なせいでお父さんに中年太りや頭髪の後退がみられる子は、
運動会の帰りに車を運転した私の父親を見て若くてかっこいいねと羨んでいた。
小学校高学年から中学生にかけて、娘がお父さんを毛嫌いするようになるというけれど、
私は一切そういう時期がなかったし、若いお父さんが居る友達もそういったことはなかった。
私の父親は公務員で地味だけど若いだけあってスタイルが良く清潔感があったし、
その友達のお父さんは若い上にアパレル関係の仕事をしていたのでオシャレですごく格好良かった。
お父さんキモイ!クサイ!ウザイ!みたいになっている子のお父さんは、
同級生の親の中ではかなり年がいっていたり、中年太りしていたり、はげていたり、
お酒を飲んでごろごろしているなど生活が怠惰だったり、それは嫌がられるよなと思う人ばかりだった。
高齢で子供を作ると、娘が一番潔癖になる時期(高学年~中学生)で中年期を過ごすことになる。
中年期って一番太りやすいし加齢臭も気になりだすとき。やっぱり子供は早めに作ったほうがいいと思う。
あとこの増田
http://anond.hatelabo.jp/20110619210549
ほどの高齢親になると、子供がバリバリ働きたい時期に親が全介護になるおそれも出てくる。
親の介護のために二人きりの新婚ラブラブ期をまったく過ごせないとなればやっぱり敬遠されて、
婚期を完全に逃してしまう可能性もあると思う。
など。
突飛もない事を言ったり、大人を論破しようとする癖があり、相当ウザかったはず。
更に、よく突然わけのわからないタイミングで泣き出し、親にいつも「なぜ泣くんだ!」と怒られていた。
今思ってみれば、自分の脳をコントロールできなくて、パニックだったと思う。今なら説明できるのだけど、当時はそんなの無理。
アイデアだけは、周りの子たちよりもドンドン出てきて、大人に驚かれることもあった。でもそれは、裏をかえせば「周りから浮いていた」ということ。
少し前までは彼氏もいて、結婚や子供を持つのもいいなと思っていたけれど、それは絵空事だからそう思えたんだな。
自分のおいたちや現在の性格を、冷静に考えてみたときに、それは無理だなと。
というより、こんな遺伝子は後世に残してはダメだ、と強く思うようになった。
もし脳の欠陥や障害でこんなに生きにくいのだったら、遺伝する可能性は充分にある。それは辛い。こんな生きにくい人生は、ここで終りにしなければいけない。
遺伝しなくても、私には子供を育てられるだけの器がない。きっと母のようにヒステリーを起こしてしまうと思う。
友人の赤ちゃんを抱かせてもらって、すごく可愛いと思う気持ちがあり、私も子ども嫌いってわけじゃないのだな~と安心したと同時に、「自分の子は要りません」と、とても強い気持ちになってしまった。
あれ、くだらないノスタルジーに浸れるのは乙武氏が弁当作らなくて良い立場だからであって、
弁当作らなければならない「母親」の大多数はむしろ給食あった方が喜ぶだろうと推測されるのが何とも。
子供にとっても別にどーでもいい事だよなあ。友達と食べる方が楽しいだろ常考。
つーか
給食はそう簡単に止めたり出したりできません。延期による平日開催でその日を弁当にするなら、当初からその日の給食はなしになることが一般的。つまり日曜に運動会をした後、月曜代休、火曜は弁当となることにもなります。多くの学校ではこれを避けるため予備日は給食とすることがあります。
コメ欄でこう指摘している人が居るけど、恐らく主な理由はこっちじゃないかな。
学校が「子供のため」と言って行う事は実際は学校側の都合、と言う場合が多いと思う。
母親がけっこう美人なんだ。芸能人でいうと夏目雅子が一番近い。
でも私はブス。集合写真なんかを見ていると、下の上くらいだと思う。そんな枯れた喪女。
小学校高学年くらいから、常に母親に対するコンプレックスを持って生きてきた。
授業参観でも、運動会でも、バザーでも、「お母さんきれいだね」と言われる。
母娘で歩いているとき、こちらを見ながら話している人がいると、
「お母さんはあんなにきれいなのに、娘さんは…」と陰口をたたかれている気がする。
娘はだんだん母親に似てくるという話があるから、そこに期待をかけていたのだけど、
25歳を過ぎても私の顔は変わらなかった。これはもう、一生変わらないと思う。
小学生の頃、お母さんがもっとかっこいい人と結婚してたら、私ももっと可愛くなっていたのにと考えていた。
でも母が別の人と結婚していたら、私が生まれていなかっただけのことなんだよね。
生まれてこなければ良かったなあ。
母親よりブスに生まれるのって辛いなあ。
俺は新卒の後四年、二社で正社員として働いて独立しちゃったんだけど。
まぁ、好き好きじゃないかなぁ。俺は合わなかった。合わない人間もいるよ。
そういう人間は「自分は残念ながらこっちの水に適応出来なかった」としっかり理解して
別のやり方を模索した方が幸せになれると思う。俺が最初に勤めたところは本当に申し分のない職場だったんだけど。
社員運動会とか、寮の掃除当番とか、上司の言う「親心」とか、定例の飲み会とかに全く馴染めなかった。
次に入ったところは外資で、完璧な競争社会でこのそこの水は比較的合ってるなと思った。
仕事量は多かったけれど、結果と賃金を求めているっていうモチベーションが明確だったからやれたな。
その後、結局自分は誰かの下で働くことに向かないんだと悟って独立したけれど、今が一番合ってると思う。
働くってことは結局、自分がそこに何を求めるかってことだと思う。
それを明確にして、少しでもそこに近づいていく努力をしないとやっぱ辛いよ。
生きる糧とだけ考えるなら、一日最低8時間は長過ぎる。
http://anond.hatelabo.jp/20101127215622
あてはまるのは6しかないアニメに興味のない人間だがイカ娘は大好きだ。
「けいおん」が嫌いすぎて夜も眠れないのだが最初に断っておくと「けいおん」のアニメはまったく見ていないし、原作も一巻を読んだだけなので、
以下は同じように「けいおん」もしくは萌えアニメの嫌いな人間が読んでちょっと溜飲を下げるぐらいしか価値のないゴミだということ言っておく。
「けいおん」の何が嫌いかと言って例えるなら町内の運動会をNikeが全面的にバックアップして、足型からあつらえたシューズやミリグラム単位で
軽量化したウエアを提供したということ。
そして選手たちのムカデ競争や玉入れなどを見ながら用具の効果や製品を使用している一流選手との関連性などを真剣に語っている人たちが気持ち悪い。
オリンピックやワールドカップでなくてもそれをやるのはせめて高校野球くらいからでしょ。
むしろ「(^ω^)ペロペロ」と萌えで片付けている人達のほうによっぽど好感が持てる。
原作を読んでまず思ったのは「この作品は共学の高校が舞台だったっけ」ということだった。
アニメ化にあたって女子高と特定されたようだが、すくなくとも読んだ範囲では作者は意図的にどちらか特定できない状態で作品を進めていたようだ。
つまり男子生徒や男教師が出てくる気配は微塵もないとしても主人公達のすぐ近くに男性の読者の視点が存在している可能性がありえということなのだ。
そして一巻の終わりの方で文化祭での初ライブの話があるのだが、この場面は舞台が共学か女子高かでは随分印象は違う。
共学であれば舞台でパンツ丸出しになった澪の気持ちに充分感情移入できる。しかしこれが女子高で同性だけに見られたのならショックは半分以下。
仮に父兄や他校の男子の前だとしても、日常で顔を付き合わせる異性でないと割り切りもできるだろうし、少なくとも同じ学校の男子生徒に見られた時の
ダメージには遠く及ばない。
アニメ化にあたって作品の一つの側面の可能性をばっさり切り捨てた制作会社が空気感を大切にしていますというのは多分悪い冗談なのだろう。
だいたいパンツ丸出しってなんだよ。漫画のその場面では構図になんの説得力もないし。
第一、初めてのライブで演奏の出来不出来や他人からの評価に落ち込まないでいられるってどんな天才たちですか。
逆にそこで落ち込んだり反省したりすることを描写をすれば、次のライブに向けて努力しようという流れになり、それは作品の世界とはそぐわないため
握りつぶすためのパンツでしょうか?。
とりあえず不愉快な気分にならないゆるい女子高生の世界としてはそれで十分だが、少なくとも限られた人間関係や事件や軽音部が舞台であるという
アニメ化によってそれらは解消したんでしょうか?。
でも、最初に戻るけど、例えそれらを解消して登場人物の行動に十分動機を持たせ、物語として隅々までつじつまを合わせ、なおかつ背景や設定を描きこんだ
原作では隠されていた登場人物の家族の問題やいじめや性の問題などが読み解けるようになって、まるで別の物語になるというのならともかく、結局のところ
y_arim
.@aeolic_guardian @o_tsuka @guriko_ 最近確信したんだけど、母による虐待云々はたぶん記憶の捏造か同情を引くための虚言(たぶんこれは大量に、日常的に行ってきてる)で、
実際には相当過保護なんだろう。ぼくがいま実家のこの部屋にいるのが何よりの証左だ…
Fri Nov 26 2010 12:20:50 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone in reply to
y_arim
@aeolic_guardian ブックマークとかだと、自分が物知りだと自慢したいためにデタラメな(明らかに事実に反する)ことを書くというのを
かなりの回数行っていることをはっきり自覚したのだ…もちろん、仕事では可能な限り裏を取っているけれども。
Fri Nov 26 2010 12:32:15 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone in reply to aeolic_guardian
y_arim
これからiPhoneごとカウンセラーに見せるために続けてここに書くが、他人の興味を引くために誇張や虚偽を用いるというのは、
幼稚園児のころ、毎年運動会でわざと転んで泣きわめき、保母さんに構ってもらっていたーという記憶から考えて、ぼくの根本的な人格として最初から根づいてしまっている。
Fri Nov 26 2010 13:44:32 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone
y_arim
仲の悪かった小学校の同級生にされてもいなかった激しい暴行を親戚に訴えて慰めてもらった記憶とか、そういうものが山のように出てくる。
たぶん、その場では嘘と認識することも難しい。…となると、自分はそういうことを言う人間なのだと割り切ったうえで害を最小限に抑えることを考えるべきなのかも。
Fri Nov 26 2010 13:49:49 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone
y_arim
ひとつネットでついた嘘を自白する。スクールデイズ最終話を観て吐いたというアレは完全に作り話。最終話そのものは観てもいない。
3話まで観たのと、アレに関して見聞きすると吐き気を催すのは事実だけど。これなどは自分の不快感に共感して慰めてほしくて、嘘に嘘を積み重ねてきたというわけだ。
Fri Nov 26 2010 13:53:28 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone
y_arim
ただコレは3年前から嘘をついている自覚はあって、ずっと後ろめたさを抱えてきた。それだけひどいケースということかもしれない。もっと細かい、自分でも覚えていないような誇張や捏造がいくつあるかは、たぶんブログやブクマを総ざらえしないとわからない。
Fri Nov 26 2010 13:56:18 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone
peraneko
@y_arim 別にどうでもいいし、今の行為そのものが同情を引くためにやってることに見えるよ。ちゃんとくすり飲んでる? むりすんにゃ。
1:55 PM Nov 26th via P3:PeraPeraPrv in reply to y_arim
y_arim
@peraneko で、この行為そのものが同情を引くためにやっているように見えるというのもその通りだろう。本当に根っこの部分から、そういう行動原理なんだろう。
Fri Nov 26 2010 13:59:48 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone in reply to peraneko
hokusyu82
@y_arim お前、自分は昔から嘘付きだったという自己認識自体、嘘の可能性もあるからな。
2:17 PM Nov 26th via web in reply to y_arimRetweeted by 1 person
y_arim
@hokusyu82 クレタ人の何たら、というやつなら、念頭に置いてる。きみら周囲から見た印象はまた違うだろうし。
Fri Nov 26 2010 14:22:57 (Japan Standard Time) via Twitter for iPhone in reply to hokusyu82
女って、なんでAGE嬢みたいなのに憧れるんだろう。
もっさりつけまつげして
服はまさしく風俗嬢そのまんま。
本職ならそれはそれで別に気にしないんだけど
でもまあ、別に好きでやってんだからどうでもいいや
って他人事みたいに思ってた。
ちなみに嫁もそういうのが嫌いなタイプ。
が
俺、娘がいるんだ。
そういう家の子は幼稚園児でもブリーチしたりパーマかけたりしている。
運動会とかで実際に目の当たりにしたりしていた。
休日に近くのショッピングセンターでばったり会うと子供が化粧してたりして
ありえねぇ…って思ってた。
でも、それだって他人事だ。
嫁は子供がかわいそうだって言ってるけど、仕方ないだろって思ってた。
他人事だったんだ。
娘がXXちゃんみたいな可愛い格好したい!って言い出すまで。
一重で、ぱっちりした黒目がちの瞳で
黒くてまっすぐな長い髪。
それが、嫌だと言い出した。
遅かれ早かれ、こういう出来事は来るんだろうと思う。
娘の説得は嫁に任せてあるし、今の所はおかしな格好をしていない。
けれど、何時か娘も自分のしたいお洒落を通す時期がくるんだと思う。
だから、なんで女(というか女向けのトレンド)は
風俗っぽいのが多いんだ、と思ってしまう。
他人がどんな格好をしていても構わないけど
身内は、しかも自分の娘は絶対に嫌だ。
だからといって、お父さんはそういう女の人を色々見てきたんだぞ
そういうのと同じ格好はやめてくれ
…ともいえないジレンマ。
娘を持った父親はどうやってこの気持ちと戦ってきたんだろう。
どっちも嫌なんだぜ…。
あー本当だランキングに入ってるhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm10890966これ?
どう聞いても男の裏声なのに騙されるもんだなぁ。気持ち悪くて最初の方しか無理だったわ。
女性がやったら痴漢冤罪って気が狂ったみたいに叩かれそうだから、男にしか出来ないネタだろうな。
小学校の運動会に乱入して拡声器で俺ロリコンですーと言ってたメントスコーラの人はそこそこ恵まれた家庭じゃなかったか、どんな家庭でも糞ガキは産まれかねないし、ネットがあるから中二が目立ちたさのあまり暴走しやすいので親は注意の時代っすなぁ。