はてなキーワード: スタートとは
東日本大震災からの復興施策の司令塔となる復興庁が10日、正式に発足し、東京都港区赤坂の民間ビルに設けられた本庁で、野田佳彦首相や初代復興相に就任する平野達男復興担当相らが看板掛けを行う。設置期限は2020年度末までで、本庁、地方合わせ常駐職員約250人体制でのスタートとなる。
復興関連予算の要求・配分を一元的に担うほか、被災地に規制緩和や税財政上の特例を認める復興特区、住宅の高台移転などに使える復興交付金も所管する。
もしかしたら、この記事を読んだ諸君は、「なんでもうすぐ一年にもなるというのにもっと早く立てなかったの?」とか、「なんで東北に立ててないの?」とか思いの方もいるやもしれません。
が、考えて欲しい。彼らが東北に立てた復興庁とやらに自ら足を運びたがるか?、ということだ。彼らが復興庁に通勤するためには、東京にあるということは絶対条件なのだ。
ついこないだもNEC社員と思しき人間が宮城県のしょぼい街に異動になって阿鼻叫喚だったろう?「まともな人間」にとって東京以外というのは田舎でしかない。ましてや出世から外れようとエリートであることには変わらない彼らが、どうして田吾作と一緒に汗水流して復興してやらねばならんのだ?というのが、大方の本音であろう。
というわけで、霞が関の外に庁舎が立てられたというだけ、被災者諸君はありがたやありがたやと拝まなければなりません。これは決定事項です。
(春)
濱野智史くんは本業が忙しいということでコンテクチュアズを退社することになりました。全般的にメールも返してくれないので、残念ながら今後一緒に仕事をすることは難しそうです。
→濱野out
(夏)
←斎数in
(秋)
(冬)
(春)
「きみはおれの会社になにか恨みでもあんの?」とマジ尋ねちゃいました。おれの人生にそんな台詞叫ぶときが来るとは…… RT @JanBassist: @hazuma もしかして入社してまで東さんを妨害しようというアンチだったのでしょうか?
→斎数out
←寺澤in
(夏)
←大脇昇格
■2011
(春)
→浅子out
←徳久昇格
#竜馬とたけち#
身分制度に疑いを持たないため、将来彼を自分の手足として使うことを当然と考える武市と
そもそも身分制度に頓着がないため、純粋な友人として見ている竜馬の違いは大きいのう
#大村益次郎の知恵#
「竹竿台場も江川台場も役に立たぬ意味では同じです。画餅にすぎぬ。
もともと実現不可能なものを命じられているのであれば、幕府に差し出さねばならぬ図面や設計書もうんと立派なものにする。
図面さえ出しておけば幕府は安心し納得する。5~6年以上かかる大工事の計画書でなければいけません。
なに、心配入りません、3年待たずして必ず状況は変わります。程無く幕府も砲台設置は無意味と気づくでしょう。」
「吉田寅次郎はアホな人ですね。
天下の佐久間象山に就いておきながら、なぜ蘭学を学ばない、なぜ科学を収めようとしなかったのか!
蘭書を読み科学を学べばわざわざ命を捨ててアメリカに行く必要はない。」
あの船の動力室を見れば、西洋の合理主義もオランダの国力も手に取るようにわかる。
→多分これが可能なのは佐久間象山と大村益次郎のふたりだけで、
吉田は日本の中ではとても優秀ながら、これが出来なかった、というか普通できないから海外に行こうとした。
子供の頃から山鹿流を極めて、外国と合戦するという視点に囚われていたから
逆にそれをUnlearnするのはなみたいていのことじゃ難しいというのもあったと思う。
大村益次郎や福沢諭吉レベルの合理性というのは、なかなか難しい。
しかし吉田松陰は合理性の鬼ではないどころかその逆に非常に忠義や友情と言った人間的なものに強かったから
教育者としては短い人生で歴史に名を残すほどに多くの人に影響を与えているというのが面白い。
大阪には、庶民のためにここまで命を投げ出す人がおったんか、と何やら胸が熱うなったな。
それまでわしにとって大阪は出世前の足場に過ぎず、いずれ若い頃学んだ江戸に戻って一旗揚げるつもりやったんやが
何やしらん、大阪の町と底で暮らす人々が愛おしゅう思えてきてね
「この土地に骨をうずめるのも悪うないか」と思って、大阪で異形を開き、適塾をスタートさせることにしたっちゅうわけや。
アヘン戦争が最も愚かな戦争であれば、こちらは戦争と呼ぶのもおぞましいヤクザのゆすりたかり。
アヘンで荒廃した国を蹂躙し、さらに絞り足りぬといえに土足で入り込んで略奪放火までしていくとか。
勝利後の条約がまたひどくて、お前紳士の国とかそれ歴史の教科書見ながらいえんの?レベル。
(ただ、当時の補給線・調達や、兵隊の編成事情を見ても多少は納得する部分もある。
アングロサクソン系はもともとどうしようもない野蛮人であり、それをよく知っているからこそ
自分を律する啓蒙主義みたいなのも流行ったんだと考えると、今やたら紳士ぶってるのもわからんではない
特にロシアの領土拡大・不凍港獲得は、開国後の日本を威圧することに。
→アヘン戦争とか見てると、本当にこの当時のゲスでヤクザなイギリスを相手にしないためにも
鎖国というのは全く不合理ではなかったかも、と思えてくるから困る。
当時のイギリスのゲスさ強欲さ残忍さなどどれをとっても、松前商人をはるかに上回るレベル。(ただし頭も良いから余計たち悪い)
(日本が侵略されなかったのはこちらを食べつくすのに忙しかったからと、日本はそれほど旨みがなかったから、なんだろうか)
→にも関わらず、イギリスはなぜか日本に対しては国と国としての対応をシてくれている。(フェートン号事件をはじめ3件くらい海賊行為があったけど)
実際オランダと同じように、軍艦を一隻無料で寄贈してくれたりとよくわからない。
オランダやロシアとことを荒立てないみたいな駆け引きがあったんだろうか・・・なぜ他の国も辛抱強かったんだろうか、とかいまだによく分からない。
http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース
http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書
始まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!
1部~2部で内容が重複してるから、ストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。
これについてのブコメやTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分の感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。
入札前の情報漏れにしても、その後のNTTDとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。
共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラーな方法で流れている。特許庁, NTTD, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的に情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。
極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。
入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。
報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクトは既存システムを0から作り直すのだから、既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。
既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないという問題があると思うんだ。
6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。
どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システムの仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。
6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。
これだけプロジェクトが炎上していたのに、汚職がきっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・
これは国のプロジェクトだから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。
もうね、
TSOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトをスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
TSOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。
大量の下請け同士の連携や情報共有がされていなかった。経験やノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウの管理はもっと意識されるべきだよ。
人数増やしてプロジェクトが炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。
開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。
例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。
開発も同じなんだよ、本質的にはね。
でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。
売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。
でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。
それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。
これは間違いない。
このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生がデスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。
このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。
時間ができたら後で読む
http://www.jpo.go.jp/torikumi/system/system_optimize_re.htm
実際の業務の内容がある
http://myatsumoto.hatenablog.com/entry/2012/01/26/082554 良いまとめ
【社会】集え!出会い求める男女…盛岡で1000人気規模の大型“街コン”開催(男性6500円、女性3500円)
1 : ◆SCHearTCPU @胸のときめきφ ★:2012/01/23(月) 07:29:32.93 ID:???0 ?PLT(12556)
街ぐるみで催す巨大なコンパ“街コン”が各地で花盛りとなる中、盛岡商工会議所は来月9日、
市内35の飲食店と協力し、1000人規模の街コンを企画、参加者を募集している。
イベント名は岩手名物「わんこそば」にかけて「わんこン」。沿岸被災地から男女それぞれ
30人も招待する予定で、男女定員各500人、20歳以上なら誰でも参加できる。
盛岡商工会議所は「県産、特に三陸産の食材をふんだんに使った料理でもてなし、
当日は午後7時スタート。受付後、協賛店に移動し専用の相席で県産の酒や三陸の幸が
飲み食いし放題。1店舗1時間以内の制限で、午後11時までなら何店でも回れる。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/01/23/kiji/K20120123002489290.html
いつも思うんですが、何で金額に差があるんでしょうか。
結論から言うと、企業は就活サイトや就活業者よりも、心情的には学生に近い立場にいなければいけない。
しかし「どんな学生が望ましいか」「どんな方向性を学生と共有したいか」というメッセージは具体的に、学生に迫るように撃ち出す必要がある。
この部分を就活サイトにアウトソースし、結果として就活サイトや就活業者が学生を食い物にしていることを放置している状態で
競合は、同じ業界の他社だけではない。 就活サイトとか就活業者、あるいは2ちゃんまとめ記事などの悪質な情報業者も含む。
彼らに打ち勝って、正しいメッセージを学生に届けられないなら、優秀な学生ほど自分の会社を選んでくれない。
「競合の他社がこんな感じだから、うちの会社もこの程度で」とか言ってる人事だと、お話にならないわけです。
実際、今まで「企業側のメッセージ」と称して悪質な情報を提供する各種メディアによって学生が翻弄され、道を誤るというケースが多かった。
もうどっぷり社会人側に染まった私としては、若者への嫉妬を込めて
「就活前になっていきなり慌てて準備するから、ろくに考えずに企業とか就活業者のメッセージに躍らされるんだよ」と言いたくもなるがそれはアンフェアというものだ。
学生も確かに怠けてはいる。だが、それ以上に就活業者の悪徳ぶりは批判されてしかるべきである。
そして、そういうものを駆逐するのに第一義的な責任を持つのは、企業側である、と私は思う。
自前で自分たちの魅力が全く伝えることができない、学生に仕事のイメージを伝えることができない企業ばかり。
必要な情報や行動指針が与えられない学生は不安になり、その不安にゴミどもが群がる。
最近2ちゃんまとめブログのステマ騒動などが起こったらしいが、ああいうのは、企業側の社会的責任が全く果たされていないことを意味している。
現実的には、責任を果たさないどころか、積極的に社会的不正義に加担して、自分たちだけが得をしようと抜け駆けを図る腐った企業もあるらしい。
企業側がここまで腐っている今の状況で、学生を責めるのはちと可哀想かな、と思ってしまう。
もちろん、学生が可哀想だといっても、別に学生が今のままでいいとは思わない。
学生は学生でよくよく考えるべきだ。就活業者の2ちゃんまとめ等の示す甘い言葉にホイホイついて行っちゃう奴は成人式からやり直すべきだ。
しかし、それを差し引いても現状を放置するのは企業にとっても学生にとっても大きな損失である。得しているのは就活業者だけだ。
この状態を改善しようとしない、あげく「最近の若者は」とかいっちゃう人はビジネスマンの資格などない。
間違ってたら間違ってると言う。誤解されていたら誤解を解く、それは当然やるべきだろう。
それぞれの企業が「就活本とか就活業者はあんなこといってるけど、うちではこうだよ」と示さないといけない。
学生側が、就活業者や就活本を捨てて、自社サイトをじっくり見てくれるように情報を発信しなければいけない。
そして、その手間は「ちゃんとした人事戦略があって、それが共有されている会社なら」たいして手間はかからない。
人事戦略を理解してる人が一人、毎日1~2時間使ってブログで情報発信するだけで十分すぎるほど効果があると思う。
ちょっと本屋に行って調べてみれば、そうやって就活サイトを使わずに成功してる会社の話が幾つも出てくる。
そんなことすらやってない、というかやろうにも明確な戦略を持ってる会社が全然ないのだと思う。それが現実だ。
「会社の中に入ってもわからない」ものを、学生が理解して実践しよといわれても、さすがに無理だ。
学生に文句言いたいなら、まずちゃんとした基準を持つ。自分というものを持たないまま他者を批判していいのは中学生まで!
優秀そうだから、話がうまいからといったフィーリングでおぎやはぎを採用ような企業はどこか問題がある。(おぎやはぎを批判シてない。彼らは本当に優秀だろうから)
論理的にはかなり怪しいけれど(※)読者の感情を揺さぶる形で学生の勘違いを指摘してる記事があるので引用する。
就職活動の直前になると、自分自身に少しでもハクをつけたいからなのか、
「資格の勉強をしようと思います」「インターンを見つけて行ってこようと思います」
資格を取ったりインターンを経験したりしたことそのものが就職活動にプラスになるわけではないってことです。
例えば、TOEICで920点を取ったとします。だから就職に有利になるかというと、それ自体がすごく有利に働くことはほとんどありません。
むしろ、「TOEICで900点以上という職種はないかな…」と自分自身で職種の範囲を狭めてしまったりして、逆に自分の可能性を縮めることの方が多い。
「920点取りました」ということ自体は、大して意味がありません。「私は、TOEICで920点取りました!」「なるほど。…それで?」と、その後を聞かれます。
「920点取ったから、何ができるのか」「920点取ったから、どうしたいのか」といった、その後が重要なのです。
そういう話をすると「言っている意味が分からない」という人も多いので、身近な例に置き換えてみましょう。
例えば、定食屋や中華料理店に行ったとします。何か食べたいとしたら、何と言うでしょう。
「私は、920円を持っています!」「そうなんですか。…それで?」と、店員さんはキョトンとしてしまいますよね。
保持しているモノを自己申告されても、何を与えたらいいのか、何を求められているのか、提供する側は分からないわけです。
「920円持っているので、麺類が食べたいです!」「920円持っているので、杏仁豆腐を食べます!」
などと言ってくれれば、「かしこまりました」とか「こちらもお勧めですよ」とか、提供するものに関する話が進んでいくわけです。
それと同じことで、資格や体験を「持っています」と自己申告するだけでは、相手は何をしていいかさっぱり分かりません。
920点持っているから、何ができるのか、何がしたいのか、ということを明確に伝えなければ、全く意味がないのです。
とは言っても、「920点持っているから、英語でコミュニケーションができます!」
とかいった自己PRも、大したPRにはなりません。資格に見合う強みではないからです。
「私はTOEICは受けてないけど、英語でコミュニケーションができます!という人と、言っていることは大して変わりません。
「資格は何を持っています」「こんなインターンをやりました」ということ自体は、そんなに有利な条件ではありません。
「いや、そんなことはない」と反論したい気持ちも分かります。「この学生はTOEICで920点もあるなら、英語ができそうだな」と思われるからいくらか有利、と思うかもしれません。
でもそれは、「この学生は九州生まれだから、九州のお客様と仲良くなれそうだ」ぐらいの、個性レベルの長所に過ぎないのです。
今どき、資格を持つとかインターンをするといった程度で目を見開くような採用担当者はいません。
そんなことが採用の可否に影響していたのは、昭和40年代ごろの話です。
だから自分は何ができて、自分は何がしたいのか。そういう、その後のことを伝えなければ全く意味がありません。就職活動は、自慢大会ではないのです。
これはガチです。
ほんとに企業の意識としてはすでにこんな感じなんですよね。社会人なら誰でもうなづくでしょう?
現実はこっち側なので、学生側も早くこれを受け入れたほうが、結果的には楽なんですよ。
というか、普通に考えて、これってすごく自然なことだと思いません?
一括採用って前提を無視して、一対一のコミュニケーションで採用を考えたら、こんなの当たり前ですよね。
少なくとも、一括採用とか早期採用に反対なら、シグナリングなんて無効になって、こっち方向になるよってのは受け入れる必要がある。
現時点では、学生は目的の企業よりも就活サイトとか就活本の方が「近い」んです。
学生は基本的には安易なメッセージの方向に流れようとする。それで下流喰いの代表格である就活ビジネスにまんまと引っかかるわけです。
この氷河期になっても、今まで自分でなんにも考えたことがない、なんにも考えたくない、答え「らしいもの」が欲しいっていう人は、
未だに彼らのあまーいメッセージにひっかかる。
こういうのを、甘えだというのは簡単です。私もそう思うよもちろん。
就活サイトを活用してる会社であれば、就活サイトが寝ぼけたこと言ってるなら、ちゃんと文句を言う。
そこまで出来ないなら、少なくとも自分の会社に来る学生だけには、ちゃんとしたことを理解してもらう。
そうしないと「イラない学生」「甘えた学生」ばっかり集まってきますよ?
というか、現状そうなってますよね。それで文句言うっておかしくありませんか?
甘えた学生しか来ないと嘆いている会社は、その原因が自分がやるべきことやってないからだってことくらい認識しろ
まとめ
就活は、コミュニケーションです。コミュニケーションに第三者を挟むな。
「グローバル化の話」でも書いたのだけれど、
・コアの部分があるならまずそっち!
・コアの部分が固まってないなら急いで考える!
・コアの部分がないような企業は滅びろ!
twitterからグローバル化まで何でもそうなんですが、道具の部分でごちゃごちゃ喚くな。うるさい。
twitterのローカルルールとか、匿名か実名かとか、そんなことはどうでもええわ。
何か語るときに「自分が何者か」「自分がどう思うか」を起点にして語れない奴は滅びろ。自分のない意見はつまんないんだよ。
こういう事言うとすぐ自分の都合の良い用に勘違いする奴いるけど、「自分探ししろ」とか「自分語りしろ」って言ってんじゃないよ?
探さないと自分が見つからないような奴は、他人の文句言ってる暇があったら、何でもいいから必死になってやってみろって言ってんだよ?
最後に一つ。学生は、就活で悩んだら、まず親に相談してみること。
どこそこに就職しろとかいう話は無視していい、どういうことを考えて仕事してるかとか、何を支えに仕事してるかとか、会社の新人の話を聞け。
「実際に仕事をしている人」と仕事についてコミュニケーションができるかどうかは致命的に大事。
その中で、一番自分を知って、かつ遠慮無くコメントしてくれる可能性が高いのは親だ。まず親を避けるな。
必ずしもまともな話が聞けるとは限らない。それならそれでいい。ただ、まず就活サイトとか就活情報を通さずに生の声を聞く。ここからスタート。
特に女子学生はこれやるとやらないで全然変わってくる。自分の親をクソだと思ってる人こそ、それこそ圧迫面接に耐えるつもりでやってみ。
基本的に、就活の面接なんぞ親(他の社会人でもよいが)と仕事について3時間くらいぶっ通しで話せるようになれば楽勝です。いやまじで。
本来こういうのはそれこそ「就活ぶっ壊せデモ」をやってた奴らがきっちり問題を整理して、自分の主張としてしっかり訴えていくべきことだと思うんだがな。
あまりにむしゃくしゃしたので怒りにまかせてこの記事書いた。口調が悪くなって申し訳ないけれど、ほんとに頑張れ。オレも頑張る。じゃあの。
働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む
いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと
いくつもの壁にぶつかりながら
「カタリバ」という授業――社会起業家と学生が生み出す “つながりづくり”の場としくみ
誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる
辺境から世界を変える ――ソーシャルビジネスが生み出す「村の起業家」
裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける
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NPOで働く
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世界を変えるオシゴト 社会起業家になったふたりの女の子の感動物語
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あなたには夢がある 小さなアトリエから始まったスラム街の奇跡
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20代からはじめる社会貢献: 400社が支援した「社会起業」とは
ソーシャル・ビジネス革命―世界の課題を解決する新たな経済システム
中卒の組立工、NYの億万長者になる
コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密 (祥伝社新書170)
こんだけ読めばあなたもラ・マンチャ爺さんになれるはず。
良くパラレルワールドと言うと、シュレディンガーの猫が
らないっていう話が有名です。
それを吸うと猫が死に、吸わないと猫が死なないとします。
迂回して、5秒遅く猫を殺す世界、4.9秒etc、4.99秒etc、4.98秒etc。
さらに、原子が1回転多かったり、少なかったり、その間に
猫の毛が1つ抜けたり、抜けなかったり、それらが組み合わ
世界が分岐しているとしたら、分岐しすぎて、成り立たない
と考えたのです。
も存在できないので、
んじゃないかと考えたのです。
か。
チューブの中を、異なる経路を通る可能性はあるが、向かう先
は一緒で、世界は同じだと考えたんです。
とか、寝ながら考えていると良く眠れます。
ネット上の連中は成功者を見つけるとすぐに褒めそやし、誰にでもそういう人生が送れると勘違いする。ロールモデルだなんだといったところで、そんなものは所詮他人の人生にすぎないのに、
なんでそんなことがわからないんだろうか。そうやって他人の人生を勝手に消費して、うまくいかなければ才能のせいにして、はい次。クソみたいだ。
かつては俺もそうだった。
あの人のようになりたいと、そこら辺のバカと同じように安易な憧れを持って、せっかく持っていたものを放り出し、バカな挑戦をしようとした。周囲は止めたが、あらゆるシミュレーションの結果大けがはしないと踏んで、強引に推し進めた。結果は持っていたものを失っただけ。五体満足だし、一人でいる分にはまあ死にはしないだろうが、お世話になった人にも迷惑をかけてしまった。
努力?努力も確かにしたが、そんなことは大した問題ではない。1日のうち24時間丸々を使ったところで、俺は彼にはなれない。彼のようにもなれない。所詮俺は凡夫にすぎず、大成功も、自分を満足させるだけの成功もしなかったというだけのことだ。才能の問題でもない。才能は確かになかったかもしれないが、才能がなくてもそれなりに成功した人間は山のようにいる。
間違ったのはスタート地点だ。「あの人のようになりたい」、そう思ったのが間違いだった。彼らの力の根源は、「自分はこうしたい」という強い気持ちだった。俺にはそれがなかった。小手先で捏ねくり回した理屈で、どれほどの成果が得られるというのか。そんなものは組織の中でやっておけばいい話だ。
凡夫は凡夫なりに組織の中でそれなりのことをやっておけばいい。間違っても夢を見るな。あまつさえ他人の人生を生きようとするな。そうした瞬間、あらゆるものを手放すことになる。生きるには、自分の手で触れられる範囲をどうにかすることだけ考えたほうがいい。なんでそれだけのことがわからないんだろうか。いや、わからなかったんだろうか。後悔先に立たずと言うが、近頃見る夢はいいときのことばかりで、どうにもつらい。いつかは忘れるのか、また欲に駆られて挑戦するのかはわからないが、今は狭い範囲のことを考えていたい。
初めてリーダーを任されたプロジェクトが成功したことで、私は会社を辞める事を考え始めた。
もちろん、以前のように仕事が辛くて辞めたいと思ったわけではなく、
全力で仕事をした結果、私ができることはやり尽くしたと思ったからだった。
医療のSEは激務で、女が長く続けていけるような仕事ではなかった。
こんな生活を続けていたら、いつか体を壊すだろうと思っていた。
どうしても一人暮らしがしたくて、わざわざ東京の大学を受けた。
就職する時地元に戻ろうかと思っていたけれど、まだ少し東京に未練があって
でも地元を離れて時間が経ち、帰りたいという気持ちが強くなっていた。
そんな思いもあり、転職活動を始めた。
活動を始めて1ヶ月、あっさり内定をもらった。
東京の会社ではあったものの、タイミング的に新年度を新しい会社で迎える事ができ、
また、思ってもない程の好待遇。仕事の内容も興味があり、それまでの経験も十分に生かせるものだった。
でも、どうしても会社を辞めるという決心がつかなかった。
5年間勤めた会社。そう簡単に辞められるわけもない。
でも、それだけではなかった。
それを見る事で、彼がそこにいるような、見守られているような気がしていた。
それらをもう見る事ができなくなる。
そう思うと、辞めるという決断がどうしてもできなかった。
最初に内定をもらった会社は辞退し、その後も悩みつつ転職活動は続けた。
これで地元に帰れる。妹や友達にも相談し、その会社に入社しようとほぼ決めた。
そして会社を辞める事で、彼のことにけじめをつけようと思った。
彼の事を忘れたいと思った事は一度もなかった。
でも、どこかでけじめをつけなければいけないということはいつも考えていた。
業界最大手であるその会社の内定をもらえるとは、正直思っていなかった。
その会社が、中途はほぼ契約社員でしか採らない事を知っていたので、
更に悩む事になった。
仕事内容や待遇など総合的に考えると、最後に内定をもらった東京の会社が良いのは分かっていた。
でも、地元に帰りたいという気持ちも強かった。どちらかに決める事ができず、悩み続けた。
回答期限を何度も延ばしてもらった。
最終的には、東京の会社から、希望があれば数年以内に地元への転勤も可能という話を聞いて、入社を決めた。
会社に未練が全くないわけではなかった。
最後は、その気持ちを半ば強引に断ち切った。
会社の寮に住んでいた私は、辞めるとなれば当然引っ越さなければいけなかった。
就職する時に、寮に入らない荷物を実家に送っていたため、まずはそれを取りに行こうと思った。
車を持っている友達に頼んで一緒に行ってもらおう、と思いつき、例の男友達を思い出した。
以前から、私が引っ越す時は手伝ってね、と言っていた。これもある意味引越しだ。
金曜の夜に出発して、西宮へ向かった。
大好きな街。やっぱり帰りたいという気持ちが出てきてしまい、東京の会社を選んだ事を少し後悔した。
帰ってくるのが数年遅くなっただけ。あと少し、東京でやりたい仕事頑張って、必ず戻ってくる。
自分にそう言い聞かせた。
その日は一緒にホテルに泊まった。
こいつ一応彼女いるのにいいのかよ。。とは思ったが、お互い全く異性という認識がなく、
一晩一緒に過ごしたところでどうこうなるなんて考えられなかった。
その日は広いベッドで、くっついて寝た。
5年間友達でいて、しょっちゅう一緒に遊びに行ってはいたけれど、あんなに近付いたのは初めてだった。
体温がものすごく気持ちよくて、離れたいとは思わなかった。
帰りの高速で、「私たち恋人同士にはなれないけど、夫婦にだったらなれそうだよねー」
という話をした。昔から、私たちはよく似ていた。食べ物の好みは見事に一致していたし、
何故か同じタイミングで同じことを考えていたり、相手が考えている事が分かったりする事が多かった。
「でも実際結婚したとして、結婚10年目ぐらいの熟年カップルからのスタートだよねー」
「新婚の初々しさなんてきっと皆無だよねー」なんて話をしていた。
あり得ない事だけど、もし本当になったら、きっと幸せだろうなあ、と思っていた。
無事帰宅し、疲れて寝ていたら、その友達から「彼女と別れた」という報告の電話があった。
車の中で「別れるかも」という話はしていたが、まさか本当に別れるとは思わなかった。
そして彼女の愚痴でも聞かされるのかと思ったら、何故か私たち結婚したらどうなるかなぁという話をしていた。
まさかそんなことあり得ない、とお互い分かっていたはずだったけど、そんな話をしているのは楽しかった。
彼を亡くした後、誰も好きにならないと決めていたわけではないけれど、実際誰も好きになる事はなかった。
今後も、誰も好きになることはないのかもしれないな、と思っていた。
そもそも結婚と恋愛は別物だ、と思っていたから、恋愛を飛ばして結婚だけできるなら、それもありだなぁと思った。
夜は沖縄料理屋で飲み、さてこれからどうする?という話になり、どっかのホテルで飲もうということになった。
帰る心配をしなくて済むからいくらでも飲める、という考えからだった。
飲みながらDVDを見た。見終わってベッドに入ると、彼は突然
「結婚しよう。舞といつか生まれてくる子供を、一生愛せる自信あるよ」と言った。
まさか本当にそんな事言われるとは思わなかった。信じられなかった。でも嬉しかった。
この人と一生一緒にいたいと、本気で思った。
そして彼は「んじゃーまぁ、一応付き合っとく?」と言った。
なんとなくその原因もわかる気がして、それは綱渡りの競争で勝者にならなければならない義務感が全面化していることなのではないかということだ。
職場はもちろん、親、兄弟姉妹、配偶者、恋人、友人、あらゆる人間関係で安心できる場所が少ない。
もちろん、子供でもない限り「無条件に自分自身を受け入れてくれる場所」なんていうものが誰にでも用意されているわけではないのは当り前だけど、
今の日本の社会って「失敗できない」という感覚が強過ぎやしないだろうか?
「あいつは使えない。使えないやつとはつるまない方がいい。いつ自分の評判に響くかわからない」。
実際、中学生あたりの年頃に、いじめる側にまわるかいじめられる側になるのか戦々恐々とする構造とあまり変わらない。
裏で働いているのは利害関係の論理で、この利害の理屈があらゆるところに顔を出している。
でも、個人的な関係まで悪化するかはともかくとして、ビジネスの場ではある程度それは仕方の無いのことだ。
しかし、恋愛関係が損得勘定なのは珍しくないとしても、親兄弟や利害が無いはずの友人関係までもが損得で勘定されかねない今の状況はどうなんだろうか。
いけてるやつとつき合いのあるいけてる自分、いけてないやつとつき合っているいけてない自分。
そして、自分は自分の友人や親兄弟や恋人から見て、いけてるのかいけてないのか?
あるいは実際はそういうわけでもないのかもしれない。
親兄弟・友人同士の関係における損得勘定感覚、利害の論理はもしかするとそれほど前面化しているわけではないのかもしれない。
だけど、ここで重要なのは「そう感じられる」ということだ。不信の種にはそれだけで十分だ。
社会生活を送るにあたって「失敗できない」という緊張を延々と強いられたらどうなるだろう?
誰に対しても「へまをすれば自分は徹底的に見捨てられる。だから決してミスをしてはいけない。この綱を踏み外してはいけない」
という強迫観念を持って日々を生きなければならないとしたらどうなるだろう?
そして、失敗してしまった人間が「自分はへまをしてしまった。綱から落ちてしまった。だから自分は見捨てられても仕方ない存在だ」
と感じているとしたらしたらどうだろうか?
恐れる人間は当然のようにその恐れの原因である自分の物差しを、そのまま他人を評価する物差しとして使う。
この場合「へまをしないようにそこに精力を傾けて努力している私は、へまをした人間を切り捨ててもいいのだ」という感覚だ。
こうして実感された全方向における関係性の「綱渡り感」は社会的現実になり、再生産され、綱から落ちた者への容赦ない冷笑・蔑視・罵倒は正当化される。
とにかく明るく元気で前向きにいることが義務づけられているこの空気の中、
少しでも気鬱な表情を見せれば途端に敗者の匂いが漂い、それだけであらゆる場面で敬遠の対象になってしまう。
今までの日本社会ならば、失敗したとしても、明るく元気で前向きにいることが可能だった。
社会全体が経済的な繁栄を享受する中で一度二度つまづいたとしても、もう一度立ち上がってライフコースを再構築するくらい日本社会の路は太く安定していたからだ。
「なあになんとかなるさ。死ぬわけじゃあるまい。人が人でなくなるわけがあるまい」が現実だったのだ。
だけど、今や日本社会の路は一本の綱になってしまった。誰かがどこかで失敗することは避けられない。
そんな社会で私たちは「一度躓いたら徹底的に孤立する」という「綱渡り感」から逃げられない。
「みんながやっている綱渡りなんだ。敗者が孤立するのは当然だ」という声があらゆるところから聞こえる。
でも果たして本当にそうなんだろうか?本当に失敗した人間は孤立しなければならないんだろうか?
目の前の路は、落ちたらまっさかさまに孤立へと落ちる、一本の綱なんだろうか?
実は、目の前の路を「綱渡り」にしているのは僕たち自身なのではないだろうか?
僕の弟は今大学4年生で、本命ではないけれども、某企業から内定を頂いている。だけど本人はひどく落ち込んでいるようだ。
大企業へ就職する者が多いという周りの友人に比べた時、弟は、既に失敗している、綱から落ちてしまった、という思いがするのだそうだ。
驚いたことに、留年してもう一度本命の企業(某広告代理店)に挑戦したいと言い出す始末。正気の沙汰とは思えない。
挙句の果てに、弟は僕に対しても卑屈な態度をとるようになってしまった。
僕の会社は弟の内定先よりもはるかに知名度の低い会社だというのに、だ。そんな弟を見るのは軽くショックだった。
だけど、自分の周りを見てみても、もしかしたらそういう感覚は、この日本社会ではもう当り前なのかもしれないと思うようになった。
共に氷河期の就職戦線を生き残った大学時代の友人が、弟とまったく同じ卑屈な態度をしていたからだ。
失業をきっかけに鬱になってしまった彼の元を彼の妻は去っていった。幸か不幸か彼らには子供はいなかった。
そして友人は変わった。ひどく自分を卑下し、まるで「まともな人達」と同じ場所で生きていること自体が申し訳ないことかのように振る舞うようになった。
彼の失業や離婚に心を痛める人間は世界で彼ひとりしかおらず、他の誰一人として彼の心痛を共有できるものはいないかのような物言いをするようになってしまった。
氷河期世代の割に比較的のんきに生きてきた僕は、今とても恐ろしくなっている。
今まで考えたこともなかったけれども、もし僕が会社から解雇を告げられたら、あの卑屈な表情を僕に向けてきた弟や友人は僕を嘲るだろうか。
僕の恋人は負け犬を見る様な目で僕を見て、そして僕から離れていくだろうか。何より僕はそんな態度をとり始めた周りの人間を恨まずにいられるだろうか。
人生の苦しい状況で、支え合うことよりも、蜘蛛の糸を奪い合った亡者達と同じように蹴落とし合うことを選び、
ひたすら損得と利害だけで行動するような餓鬼の如きなにかに成り果ててしまうのだろうか。
綱の下に広がる網は、綱の上を歩いている時にははっきりと見えるけれど、一度綱から足を踏み外した瞬間に消えてしまうのかもしれない。
なんという恐ろしさ。徹底的に孤立するから綱から足を踏み外せない、でも誰かは足を踏み外さなければならない。
ならば蹴落とす、自分が落ちない為に。落ちたやつには目もくれない。
こんな緊張があらゆる人間関係で全面化してしまったら、そりゃ狂うわ。
綱をうまく渡れている時でも生きている心地がしないもの。
「もし、お前の一番の希望が通らなかったとしても、その時は僕がどこかにコネをつけてやるから。そのくらいはなんとかなるから。だから後悔の無い様に思いっきって挑戦してください」と。
そして、友人にはこうメールする。「元気?お前が暇なうちに久しぶりにまたオールナイトでも見に行こうぜ」。
彼女にもメールを送る。「お仕事おつかれさん。今度、温泉でも行っておいしいごはんでも食べて一日中ぼーっとしてゆっくりしよう」。
多分、会社の同僚にも送るだろう。今はもうあんまり顔を合わせなくなった大学時代の友人や高校時代の友人にも。父と母にも送ろう。
少なくとも、僕にできる部分だけでも常に網を張っておこうと思う。
きっと今は、そういうひとりを思いつめさせないように気遣う努力がひとりひとりにとって必要な時代なんだと思う。
そうじゃなきゃ、みんな悲惨な気分を内に秘めて、そして隠しきれずに卑屈な顔をしながら生きていかなければならなくなってしまう。
いいことがあれば共に喜び、わるいことがあったら共に悲しみ、そしてまた再スタートを切ることをお互いに後押しし合わなければダメなんだと思う。
これだけ厳しい時代なんだから、経済的な意味でも、人間的な意味でも、そのくらいのことができなければ、僕たちは人間でなくなってしまう。
THE MANZAI って4時間くらいあったけど漫才部分だけ見たら単純に半分で済む量。とはいえ2時間で無駄なくやったら尺足らずだし、それはまあ説明部分もあるからよしとしよう。でもなげーよ。
他にももう、終わったな、と思わせる演出が多数あったが、とにかくキビキビとやってないんだよ。キビキビと。ダラダラしてる。
→参加意識を煽っているけれど、笑うたびにボタンを押すということは漫才の面白さに集中できない。仕様ミス。先にアプリを落として一斉に送信させるというのも、問題がある印象。フジの企画に問題がある。
ワラテンのグラフと一緒に、同じ番組内で同じ漫才を再鑑賞するのは、前半見ていなかった人向けのサービスのつもりだろうが、間延びしてしまいおかしい。参考にはなるが、「ほお」で終わり。ビデオなら絶対飛ばすところ。
問題2 慢心した優勝特典
フジテレビレギュラー番組、漫才師だが漫才の番組が貰えるわけではない。漫才の番組が貰えるのなら嬉しいだろうが、単なるトークタレントとしての役回りが回ってくるのであれば矛盾しすぎている。副賞の各番組ゲスト、っていうのも結局はトークで呼ばれるのが半分以上だから名前を売る以上の意味が無い。まったく売れなかった若い人ならそれが価値を増すが、パンクブーブーではドラマを作れない。
結局は予算削減策でしかなく、フジも落ちる所まで落ちているとしかいいようがない。またフジは自分の価値を高く見い出しすぎ。
ただ控えめに協賛した、日清のどん兵衛はいいと思う。あんな数(10年分)本人が食べたら確実に身体を壊すけど、楽屋において後輩にあげる分には後輩が何年も食に困らないからね。
問題3 無駄な演出
フジの番組全般に生でやるとダラダラとした無駄な部分+小難しい説明だらけである。進行押しの間の時間調節なら、わかるのだが、入場演出で無駄にリムジンとか入れて、オープニングから30分以上漫才が始まらないってどういうことだよ。ワラテンの説明も長い、フジのサイトにこさせるための小細工とはいえ。投票トラブルを避ける意味では完璧な説明であったが、視聴者にはまったく無駄でチャンネルを変えさせるレベルの話。あんなの事前に別番組で説明して分散ダウンロードさせるとか、Dボタン側に逃がして文字で済ますとかできるだろ! 俺は一斉送信でサーバが落ちないかのほうが気になったよ。
あと、有名人を客席に散らせ「これくらい入れておけば受けるだろう」的な考え。
バブル期に入った人が作ってるんだと思うが、視聴者は漫才が見たいんだよ。モデルの顔が見たいんじゃねえんだよ。制作者側がバカにするのも大概にしろ。有名人を呼ぶならコメントを全員取れよ。メイクまで入れて客席で笑うだけで、ノーコメでギャラ貰って帰る奴を許すほど度量はこっちにはねえよ。
問題4 THE MANZAIの本来的な部分を踏襲していない点
初代のTHE MANZAIは元々洗練されてない舞台漫才をショー化するものであった。横澤さんが死んでいるとはいえ、当時のTHE MANZAIに敬意をはらっているのは西川さん位じゃないか…。2011年版としての進化がアレなのかもしれないし、余計なものを入れずに「4分見せている」ということは評価できるとはいえ、余計なものばかりつっこんでいる部分は「製作者側が漫才の力を信じていない」というようにしか取れないんだよ。
笑えるものを評価しよう、という意味合いでは、この矛盾があるものをあえて入れるという意味で審査は厳正であったのだろうが、全体には今回はコントっぽい物が多かった。コントであろうと面白いものを評価する、というのは正しいが漫才としてちゃんと漫才な作品をもっと増やさないと絶対的にダメだし、これも制作側がコントのほうが面白いと思っている証拠としか思えない。
あとたけしの茶番ダブルブッキング演出は不要。(いい訳としてはわかるが、別に漫才師がつっこみでいった通りOPが長くなければ全部の漫才を見れるわけだし、あとハラハラしないものを入れてどうするのかというか、単にたけしがTBSに入るまで、という尺を稼いだだけでしかない)
生で見なくてよかった。
また、15年くらい不遇な人たちが多かったので、それに光が当たるのはとてもよいことなのだが、雇用されない関係のため数百円のギャラからのスタートでも文句を言わず、売れないまま10年以上のキャリアが必要とされる日本では、漫才師として暮らしていくことが非常に難しいということがよくわかる。
皆主な仕事を漫才にして女の人に扶養してもらったりしているようだが、本来的な収入はある状態で、漫才は副業でやるのが適正だと思った。言ったらハングリーさがないといわれそうだが、べつに先輩たちが作ったストーリーに乗る必要ないだろ。黙ってればいいのだ。
レイプとセックスの違いについて、調査協力者は一様に線引きに苦しんでいた。
しかし実は話は極めて単純で、答えはスタート地点にあったのだ。はじめにレイプを「女性の望まない性的行為」と定義した以上、「男性にはセックスとレイプを区別することはできない」という結論しか導き出されない。
「そんなことになったら、訴えられたら全部レイプになるのか?」という反論があるだろうが、その通りである。
ある性的行為がレイプかそうでないかを決めるのは、その行為に参加していた女性の意志だからである。
我々男性は「こういうやり方をすれば、相手がこう言えば、こういう反応をすればセックスだ」という基準をどうにかして見つけようとしてきたが、それらはすべて類推にすぎず本心とは限らない。
だとするならレイプを減らす方策は、男性は全て潜在的にレイピストになる可能性を持っていると考える他にない。 序章でセックスとレイプの違いは女性が望むか望まないかであると定義したが、そう定義しなければならない理由はここにある。
性交に際して女性の合意があったかどうかが問題になるのは、自分の行った性行為がレイプでないことを確認したい男性の側の事情にすぎない。
それはレイプ被害者のための判断基準ではなく、100%レイプ加害者のための判断基準である。
そして合意さえあればセックスであるという基準があるからこそ、「セックスさせなければ山中に置き去りにするぞ」などと言って無理やり合意を取り付けるという卑劣なレイプが生まれたり、最終的な合意さえ得られればいいのだから「レイプでも満足させてやればいい」という新たな神話が作られることになるのだ。 もうひとつ補足するならば、「訴えられたら全部レイプになるのか?」という発言は「女性が気分次第で男性をレイピストとして告発することができる」という不安から生じている。
しかしレイプの虚偽告発率は2%にすぎず、「その他の暴力犯罪における虚偽告発率とぴったり一致する」(Brownmiller1975=2000:314)というデータもある。
そもそもそれ以前に、そんな風に訴えられた人が我々の周囲にいただろうか?ここで考えたいのは、我々の周囲にレイプ被害者が見当たらないことが強姦神話の保持されている理由のひとつになっているだろうということだ(Lさんが強姦神話を持っていないことは、レイプされた知人の話を聞く機会があったことと無関係とは思えない)。
そこには、自身の周囲にレイプ被害者が見当たらないことをもって「レイプはない」と判断する人が、同時にレイプ虚偽告発者が見当たらないのにもかかわらず「訴えられたらレイプだな」と怯えるという矛盾した心理構造が見える。そのような反論が生じる理由は、訴えられる事そのものを警戒しているというよりもっと深い部分で、性行為に関する意志決定権・主導権を女性に明け渡したくない、明け渡したら何をされるかわからないという男性の不安がそのように発言させていると考えることができる。
ましてここで問題にしているのは「レイプの定義」であって、「レイプが実際にあったかどうか」や「それをどう処罰するか」ではないのだから、そのような反論は論点を見誤っていると言わざるを得ない。
まだ誰もいない会場に一番乗り。
適当に座って待つ。
しばらくして一人二人と席が埋まっていった。
俺の前に来たのは、
手足が長くスラっとしている。
これで歯並びが良ければとてもチャーミングな人だと思う。
緊張しているのかこちらに目もくれず、
うつむいていて、
しゃべるチャンスがつかめない。
せめて席に付くときに軽く笑顔で挨拶ぐらいしても良いのになぁと思ったのだが、
きっと人見知りなのかもしれない。
まさか全く興味なしで声かけるなオーラ出してる?
悶々としていたら、
いつの間にか会場は埋まっていて、
各馬スタートラインに着きましたってな具合で、
さらに緊張が襲ってきた。
各馬一斉にスタート!
早速自己紹介。
出だしはやはり緊張しているせいか上手く話せない。
しどろもどろになりながらも、
リアクションはあるけど、暖簾に腕押し的な感じで
向こうから会話を広げていこうという感じが全くない訳で。
うーん、こりゃダメか。
だんだんまるで象に挑むアリの気分なんて、
卑屈になってくる。><
さらにそんな最悪なタイミングで遅刻してきた友人から電話が来ちゃって…。
出ない方が良かった…俺バカ!
難攻不落の城攻めもあっさり撤退、
いや、かなり消化不良な感じ。
よし、気を取り直して、
さ、さぁ張り切って次行こうかぁ!
次!
アウチ!
はい、次!
アベシ!
数をこなす事に慣れて流れ作業化して行って…
なんの手応えも得ないまま一周して自己紹介は終わった…
その後のフリータイムになった。
ここで先ほどの失敗をなんとか取り戻したい俺は、
止せばいいのにもう一度、
でもそこがまた(・∀・)イイ!!
またしても話せども話せども心ここにあらず的な、
そっけない返事。
話してるうちにループに陥って、
しどろもどろになって、
なんて自虐な質問してた。泣
…
なんか余計に傷に塩塗ったな。
HP:0
今回の反省点。
イマイチパットしない服装だったりしてさっぱり自身が持てなかった。
それよりも最近は会話がさっぱりできない。
もとより苦手だったものがここに来て本格化している気がする。
高望み過ぎた?
笑いの神よいつ降りてくる?
天使よいつ微笑むのだ?
http://anond.hatelabo.jp/20111209095945
ライフハックとか自己啓発とかの記事の中には、単に昔から上司が部下に教えてきた「普通の仕事の常識」のポイントをまとめたものにすぎないものも多くって、それって、どこが啓発でどこがハックなんだよ、単なる新入社員教育じゃん、みたいなところがある。
fromdusktildawnさんのこれは名言やなぁと思う。
というわけで、ライフハック好きの人たちのために「色々漁るよりまず基礎固めしろ」ということで新入社員をターゲットとした自己啓発書をおすすめする。
良書に特徴的なのは「上司の単なる言いなりのロボットではなく、会社から必要とされる人間になるためには何が必要か?」という問からスタートしていること。
それに対して、「まず会社という環境で自分の居場所を確保せよ」「まず存在を認められる何者かになれ」ということを目標に掲げ、そこから応用していく仕組みになっていく。
この2つについて、読んで満足して終わり、のスローガンではなく、実際にステップを踏んで実践方法を書いてある。
新入社員だけでなく、未だに会社で居場所がない、何者にもなれない、と感じる人間は大勢いて、そういう人はライフハックを求めているのだと思う。
難しいやつは読んでも実践できないだろうから、まず「ライフハック入門編」「ライフハックを実践できる自分の確立」を目指してこういうところから読んで行かれると良いと思う。
自己啓発目的なので、考え方やコミュニケーションを中心にして、「マーケティング」や「会計意識」などについてはあえて削除してます。
http://www.amazon.co.jp/dp/4480878181/
新人にとって最初にぶつかるであろう社内コミュニケーションに関する話が中心の本。
自分の立場をしっかりと確保するための戦略について述べられています。
http://www.amazon.co.jp/dp/4478015422/
酒井譲さんの「リーダーシップでいちばんたいせつなこと」とどっちかで迷ったけどこちらをチョイス。
ちょっと要求レベル高いです。自己裁量で動き、成果を挙げるところまでについてのアドバイス。
http://www.amazon.co.jp/dp/4479300554/
この本でなくても良いです。なんでもいいので、最低1冊はコーチングの本を読みましょう。
書いてる内容が直接役に立つことは少ないでしょうが、
自分の心に問いかけ、気持を開示することによって、自分の意識を変えうることは知識として持っておきたいところ。
自分だけでUnlearningが出来るかどうかは人によりますが、他人やツールの力を借りればだれにでも可能です。
行き詰まったときなどに、このことを知っていると必ず力になります。
「自分がやるべきこと」と「自分のやりたいこと」の区別、すりあわせなどもコーチングの得意分野です。
http://www.amazon.co.jp/dp/4422100513/
定番ですが、本当に本書に書かれていることを実践すれば効果があるのだから仕方が無い。
これは新入社員の時にこそ読んでほしい。力がないからこそ真剣に読めるはず。
Wikipediaとかで項目だけ読むのはNG。ちゃんと本に挙げられている実例とともに読もう。
「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」とありますが、新入社員にとって重要なのは前の2つ。
まず「人を動かす三原則」だけを10回くらい繰り返し読むべし。これが身につくまで先に進まないほうが吉。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4766416244/
あえて「学問のすすめ」ではなくてこちらを。実際こっちを先に読むべきだと私は思う。
新入社員である自らを、「列強国に囲まれた日本」「他国と対等に語る手段や言葉を持たぬ日本」といったイメージにあてはめて読むと心にグッときます。
危機感が足りないと思ったらこの本読んで喝入れましょう。
http://www.amazon.co.jp/dp/4569571182/
新入社員にとっての最終関門。
一言で言えば社内で「会社人生におけるメンター」を獲得するための戦略について書かれている。
この本の要求をクリアできれば会社で成功するのはほぼ約束されると思う。
ただ少し古い本なのでアレンジも必要。今は社内にこだわらずWeb上に目標となる人やメンターを見つけるのもよいと思う。
http://www.amazon.co.jp//dp/4561233857/
この本じゃなくてもいいですが、セルフアセスメント(自己評価)のためのツールは何か持ってるといいと思います。
3年ほど前に「さあ、自分に目覚めよう」のストレングス・ファインダーがブームになりましたが、コミュニケーションのきっかけとしても便利なのでお勧めです。
定期的に「客観的な基準で」(社内の基準ではなく)自分の棚卸をする習慣がないと、会社の中で腐る危険があります。
http://www.amazon.co.jp/dp/4904336275/
セルフアセスメントとのバランスとして、組織のアセスメント手法も学んでおくとなおグッドです。
ジョブズを絶賛しているような人はアップル社は客観的に評価するとどういう会社なのか、などがわかって楽しいでしょう。
ただちょっと値が張るので、組織文化の分類にどんなものがあるのか、とチェックシートだけを立ち読みするくらいでいいと思います。
一方、読むべきでない本
タイトルからはわかりにくいですが採用活動に関するアドバイスの本です。
悪いことは言わないから読むのやめておこう。確実に胸糞悪くなります。
この人も中小企業のオーナーであり、また採用活動のアドバイザーです。つまりきれいごと理想が高いです。
自らの採用スキルの高さを強調し、自社のブランド価値を高めたいのはわかるけど、基準に満たない学生の扱いがひどいことになってます。
ただ、一般に上の人は新入社員をこういうふうに見ているということは嫌というほどわかるでしょう。
私は橋本さん批判でポピュリずムだってのを聞くとあれって思う。
間違いなく彼のやってることはポピュリズムだけど、
今まで他の政治家がやってることもポピュリズム以外の何者でもないでしょう。
単に、同じポピュリズムでもやり方とか範囲が違うという訳で。
で、どっちのポピュリズムのほうがまだ理解できるかというと橋本さんのやり方だと思うのよね。
人気が欲しいから、受けがよさそうな「政策」を述べるのがポピュリズムなわけでしょ。
最低でも、この候補者は何者で、何をやろうとしてるのかわかることが必要だと思うの。
選挙というからには、選べる状態にしてもらわないといけないのだから、これは最低限ラインだよね。
私は一応興味あるからチラシとか見てるけれど、
まず「それはあなたの地位でやるべきことですか?」っていうものばっかりだ。
人気取りと言っても、政治家としての人気取りになってない。ただ「良い人」と思われたいだけちゃうんかと。
さらに、具体性が殆ど無い。測定可能、形として確認可能な目標を上げている人間がほとんどいなかった。
しょうがないから、最低条件を見たいしている人を探したら、すごく不安は大きいけれど、
リクルート出身の30歳くらいの若手の人を選ぶしかなかった。他の人間は、選挙の段階で政治家としての仕事をしてなかったんだもの。
他の候補者って、ポピュリズム以下の何かでしかないと思う。そう呼ぶにも値しない。
彼らは、私達が選挙と呼ぶに値する活動をしていない。ただ何かを批判してるだけ。自分で何をやりますって言ってない。
郵政選挙の時、大敗した民主党を見て、大前研一さんが言ってたことを思い出す。うろ覚えだけれど
「郵政改革に本当に反対じゃないなら、反対する理由をちゃんと持てないなら、通してやればよかった。
それに協力しますといって、ある程度協力して形にしたら、そのあとで不信任出せばよかった。
そうすれば、国民に必要なことは野党であっても実行する人たちだ、まして与党になれば、と受け入れられただろう。
戦略もなく考えなしにただ反対しただけの民主党は、当て犬扱いされ、何も見えていないバカの集団として見られるだけに終わった。」
3.11後の自民党もこれと同じ愚かさを見せている。
復興支援はどうせ必要だったのだ。ならば、さっさと協力すればよかった。
やれ管が気に入らないだのなんだのとごね続けて、復興支援がきちんとスタートするまで半年もの時間を無駄にした。
除染にいたっては今ようやく始まったばかりだという。
民主党の無能よりも、自民党の幼稚さのほうが目立つ結果になっている。
私はアンチ民主党であるが、自民党もお粗末すぎてとても投票する気にならない。
政治家が誰も仕事をしていないから、誰も選挙をやっていないから、
選挙というものをまじめに考えるほど、選挙に行きたくなってしまうこの状況を何とかして欲しい。
選挙対策に血眼になるというなら「今のやり方」で必死に頑張るんじゃなくて、「どうやるのが一番いいのか」をもっと考えて欲しい。
ポピュリズムは、国民にちゃんと伝えて国民がちゃんとそれを理解できるなら、今のポピュリズム以下の政治よりはましになると思う。
橋本さんの政策云々については今の時点で賛成とも反対とも言えないけれど、
選挙の進め方としては、むしろ彼のやり方こそがスタンダードになってほしいと思っている。
橋本さんはメディア有名人だという例外存在であることはよく理解している。
現時点では彼を基準にして、彼を真似ようと思っても無理だとは思う。でも、私はこういう形で選挙が争われるのが最低限必要だと思う。
橋下新市長が、オーケストラへの補助金をカットするのではないか、ということで、
オーケストラ(市内に4つもある)が危機感を強めているらしい。
元々府知事時代にも補助金をカットしており、この文化補助金への姿勢の違いが、
「はてな」では橋下批判派が多いが、2ちゃんねる(&まとめサイト)では圧倒的に橋下支持が多数。
「文楽は兎も角、オーケストラなんて西洋のレプリカしか出来ない、
こんなの国内に1箇所あれば充分」
「こういう団体に大阪市から天下りが横行している。こういうのを徹底的に叩くべき」
そのために目に見えて判りやすいオーケストラをまずターゲットにした」
「オーケストラって、日本ではアッパークラス向けの教養なんだよな。
ローワークラスに支持される文化でなきゃ、税金投入できないよね」
などなど。
これはダブルスタンダードじゃないのか?」という批判がある。
半分もっともな気がするが、半分間違い。
橋下が狙っているのは、イベントや文化の「選択と集中」というコトなんだと思う。
要は、オーケストラに補助金を出しても、東京の二番煎じ三番煎じにしかなれない、
「ナンバーワンにもオンリーワンにもなれない」ということを、橋下は判っているんだろう。
「二番のスポット、三番のスポットを選んで来訪する」ということは、あまり考えづらい。
音楽専門家なら兎も角、一般人ならまずは「一番のスポットをチョイスする」
であれば、努力しても一番スポットになれそうもないオーケストラへの投資は、
言ってみれば「捨て金」になる、ということになる。
あるいは人材獲得競争でも同じ。音楽を目指す人材が、まず志望するのは「一番の交響楽団」であり、
二番手以降の楽団は「一番を落っこちた人間が、仕方なく来る」ということになる。
その点、「お笑い」は、現時点では一番手としてブランド化がなされており、
それをエッジ化、先鋭化することによって、一層の観光流入が期待できる。
イルミネーション・マラソンは、東京や神戸の二番煎じ、の面は否めないが、
まだまだ逆転可能であり、「御堂筋」という舞台装置を最大限に活かせば、
「オンリーワンへの投資のカット」ということになるので、議論が分かれるところ。
橋下氏の判断は「オンリーワンであるが、あまりにもニッチなので、コスパが悪い」という
ことなんだろうが・・・
「使いこなせないと思うから」とかぬかしやがる。
とゆーことでヒマなのでその理由をまとめてみた。
就活はエントリーしないと始まらないわけだが、ここでもう差が出る。
企業はモバイル用エントリーサイトを作ってないから、ガラケーじゃエントリーできない。
人気企業は一瞬で説明会の予約埋まるから、外出中にエントリーとるならスマホかネットブック使うしかない。
ネットブック持ち歩くのはダルいし、ネット接続の出費も余計にかさむ。スマホで十分。
いざ説明会や面接となったとき、地図や電車の乗り換えをすぐ確認できる。
これはガラケーでもできるけど、スマホなら無料のアプリでより便利に使える。
使うサイトにモバイルサイトがあればガラケーでも見れなくはないけど、
ガラケーでもTwitterやFacebookはできなくはないが、スマホならいろんなアプリが出てるから使い勝手が良い。
あと最近はTwitterやFacebook上のみで採用活動してる企業もある。
スマホはEvernoteやDropboxなどのクラウドサービスが使えるのがでかい。
提出したESとかニュース記事とかPCでストックしといて、それを面接前とかにスマホでチェックできる。
クラウドのストレージを使うことで、情報の管理がめちゃ便利になる。
http://itunes.apple.com/jp/app/id396629423?mt=8
有名企業100社のエントリーシート実例集アプリ。解説もついてるからES対策はこれがあればおk。
ES書くときに質問パターン検索で同じ質問の回答事例を何個もすぐ見れるのがマジ便利。
ES実例集の本も買ったけど、本だと同じ質問の事例を探すのにすごく時間がかかるし、
結局このアプリばかり使った。
有料アプリだけど本よりも実用性が高いし、値段も安いからこっち買ったほうがいい。
http://itunes.apple.com/jp/app/id464248141?mt=8
さらに自分の回答を動画で撮影し、回答の様子を客観的にチェックできる。
自分で練習するのはもちろん、撮影した動画を他人に見てもらって
自分では気付けない悪い点を指摘してもらうのに使った。
質問の数も多く、ジャンル分けされてて便利。しかもこっちは無料アプリ。
うちの内定者はほとんどがスマホ。てゆうかほとんどがiPhone。
実際iPhone使ってる人が多いので偶然かもしれないが。
ということかもしれないが。
つまりスマホでしかできないこと、スマホならより効率よく便利にできることがたくさんあるってこと。
http://langrich.com/startguide
ここに体験レッスンのための手順が書いてるんですが・・・。私的には少し不親切に感じました。
無料体験レッスンの手順
これだけじゃ分かんねー。
Skype自体をイントールするのはじめてだったので、
どういうふうに連絡があって、どういうふうに始まるのかイメージができませんでしたよ。
おかげで、ずっとgkbrしながら待ってたのです。
スカイプのインストールの説明してるくらいだから、Skype初心者を想定してますよね。
それなら、もう少しでいいので、フローをイメージできるような説明をしていただきたいであります。
無料体験レッスンだから、うまくいかなくてもこっちはお金は損しない、ということなのかもしれないけれど
こちとら、相手の講師様に失礼なことにならないかで気が気じゃなかったです。
もちろん、ラングリッチはスカイプの会社ではないので、スカイプの説明を懇切丁寧にやる必要はないのかもしれませんが、
でも道具として活用してるのだから、授業がSkypeで成り立ってるのだから、なんちゅーかこう、もうちょっと
Skypeに対する恐怖心みたいなのに対して考慮していただきたかったであります。
初回始まるまでのアレこれがかなりストレスフルな感じだったのでもうちょっとフレンドリーな感じでお願いします。
ちなみにそんな感じで授業始まるまではすごい緊張したのですが、授業始まってからは
基本的にテキストに従って機械的に進んでいくので、ちょっと予習してから取り組めば問題ないと思う。
たとえば初回は「挨拶」「体調」「仕事」の話をするだけなので、自分の仕事について英語で簡単に説明できるくらい準備しておけば完璧。
私はぶっつけ本番でやったからつっかえつっかえになったけれど、ゆっくりやっていけば出来るようになるんじゃないかな。
ちなみに身元バレ覚悟で言うと、無料体験レッスン初回では講師の方から10点満点で7.8点頂きましたが、これがどの程度すごいかよく分からない・・・。
講師の人がちゃんと説明してくれてたんですが、ちゃんと聞き取れなかったっす。
とりあえず「もっと練習しろ、君には練習が足りない」って言われたので今回やったところをちゃんと練習してからもう一回受講しようと思います。