その男の子が我が家にやって来たのは、今から10年以上も前のこと。
親戚中でたらい回しにされ、行き場の無くなってしまった子。話しかけても返事もせず、正直「可愛げのない子」だと思った。
だけれど、我が家で預かるのは一週間の約束。それをやり過ごせばどうにかなると思った。
しかし、約束の一週間を過ぎても男の子を預かるはめになってしまった。
私の夫が勝手に「今日からうちで面倒見る」と一人で決めてしまったのだ。妻である私に何の相談もなく。
その当時、私と夫はいわゆる新婚。これから自分たちの子供を持とうと考えていた時だった。
当然、私は怒った。なぜ勝手に決めてしまうのか。自分たちの生活はどうなるのか。
親戚の子とは言え、その子には祖父母もいる。なぜ我が家で預かる必要があるのか。
私が何を言おうと夫は意見を変えない。
半ば強引に始まった三人暮らしだった。
学校で問題を起こし、家でも何かと反抗的で笑顔を見せてくれない男の子との先の見えない毎日。
何度も夫と喧嘩し、何回も何十回も「もうだめだ」と思った。
離婚だって何度も考えた。けれども、やっぱり私は夫が好きで離婚なんてできるはずがなかった。
三人暮らしが始まってどのくらい経った頃だろう。
男の子と夫が一緒に釣りに行くようになった。徐々に私とも話をしてくれるようになった。
それからは、一緒にゲームをしたり、冗談を言い合ったり、買い物したり、旅行したり。
たまに喧嘩をして気まずくなったこともあったけれど、おおむね良好だったように思う。
小さかった男の子は、あっと言う間に私と夫の身長を追い抜いた。
大学進学時に一人暮らしを始め、我が家には年に数回帰って来る。
ご飯を食べに来たり、夫と一緒に釣りに行ったり。私は、あの頃と同じようにお弁当を作って二人を見送る。
一緒に行かないのは、男同士の間に割り込んではいけないような気がするから。
ついこの間までランドセルを背負っていたような気がするのに、今では毎日スーツを着て働いている。
うれしいけれど、寂しい。けれども、誇らしくもある。そんな複雑な気分。
先月のことだった。いつもなら連絡してからうちに来るその子が、突然帰って来た。
今までにないことだったので、一瞬でいろんなことが頭を駆け巡った。
「どうしたの?」やっと出た一言だった。
男の子は、「こっちに来て」と外を指さす。
わけもわからず、慌てて追うとそこには子犬を抱えた夫が立っていた。
「ボーナスと貯金とおじさん(私の夫)にも助けてもらって買ったんだ」と、男の子が笑う。
そして「遅れちゃったけど、母の日のプレゼント」と、照れくさそうにまた笑った。
私がずっと柴犬を飼いたいと言っていたことをおぼえていてくれてのプレゼント。
私達夫婦は実子には恵まれなかったので、母の日は感謝する日であり、感謝される日が来るとは思いもしなかった。
何度か学校で母の日の手紙や絵を書(描)かされたことがあったようだが、私に渡してくれたことはなかったし。
何が何だか分からなくなってご近所の目も気にせず、家の前で号泣。
慌てた二人に家の中に連れていかれた。
今までは、こちらがメールをしても2回に1回程度しか返って来なかったのに、今では毎回返信メールが届く。
あこがれの柴犬との暮らしも最高だけれど、何より男の子とメールのやりとりが増えたのがうれしい。
この柴犬の目、どこか男の子に似ている気もする。そこがまたうれしい。
夫は「似てないよ」と笑うけれど。
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