2013-07-27

幻想世界にて

 稲穂が揺れている

 日差しは天頂に達したばかりで、その柔らかな光の元で、君は笑っている。

 僕には笑うことができなくても、君は笑っていた。

 笑いかけてくれていた。

 勿論、それが既に失われてしまったものであることを僕は知っている。

 それどころか、僕という存在それ自体、既に失われてしまっているのだ。

 僕たちの存在は、言うなればその代替物であり、あるいはその可能性であるところのものに過ぎない。

 それだって多分、失われていくのだろう。

 僕達が今こうしてお互いの顔を見ていることさえも、いずれは失われていくのだろう。

 何故なら、僕たちは既に失われた存在からだ。

 いや、過去の一時点において失われたわけではない。存在した時にはもう既に、失われていたのだ。

 そして恐らく、その不完全な存在すらも、これから失われていくのかもしれない。

 君は笑っていた。

 どこまでも続く稲穂の海が揺れている。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん