稲穂が揺れている
日差しは天頂に達したばかりで、その柔らかな光の元で、君は笑っている。
僕には笑うことができなくても、君は笑っていた。
笑いかけてくれていた。
勿論、それが既に失われてしまったものであることを僕は知っている。
それどころか、僕という存在それ自体、既に失われてしまっているのだ。
僕たちの存在は、言うなればその代替物であり、あるいはその可能性であるところのものに過ぎない。
それだって多分、失われていくのだろう。
僕達が今こうしてお互いの顔を見ていることさえも、いずれは失われていくのだろう。
いや、過去の一時点において失われたわけではない。存在した時にはもう既に、失われていたのだ。
そして恐らく、その不完全な存在すらも、これから失われていくのかもしれない。
君は笑っていた。
どこまでも続く稲穂の海が揺れている。