相互理解というといかにも対等でステキな関係っぽいけど、別にそんなんに限らずとも、
他者と密接・継続的に関われば嫌でも相手のことを知っていくし、相手からも知られていく
…という関係性のダイナミクスが存在し得ないという時点で、人工物と恋「人」として付き合うってのは、無理矢理感から逃れられないんじゃないかなあ
まあ、百歩譲ってそれを「マイノリティの恋愛関係の形」とするとして(個人的にはなんでそれを「恋愛関係」と見なす必要があるのか分からないけど)、
今度は元増田の言う「二次元が三次元を駆逐」なんてのは夢のまた夢って話になるな
もし、「相互理解を伴わない形の恋愛がそうでない恋愛を駆逐してマジョリティになる」っていうシミュレーションなり思考実験なりをぶち上げてくれるなら、
それは興味深いから読むけど
別に元増田には与しないんだけど あなたの言ってるようなことは必須でもなければ あなたが想定してる以外の形も取れると思うたぶん。 例えば今の社会の俺達の生活や感情のやり取り...
だいたい「ほんとなら仕事や仲間やいろんなコミュニティの人間と汗や呼気の匂いかぎながら酒飲んでるべき時間」に 部屋で箱に向かってるんだぜ今の俺達。 火曜からそりゃねえよ...
そんなあまったれたこといえるのは進歩的現代の職場だからだよう 週4,5で飲みに行くのが普通の時代もあったよう
どこのアル中だ
仮にそうだとしても、「ほんとなら」「べき」はねえよう
おれだって現代っ子だからそんなの耐えらんねえよう だから当時の慣習や常識をかっこつきで言ってるんだよう
他の形があり得るだろうってのは同意 それをあえて「恋愛関係」っていう同じ概念名で呼ぶというのは、感覚的にはピンと来ないけどね