むしろ強い個人を作り上げるためには体罰は不可欠。
淘汰圧を体罰がかける側が仕向け、それを超えられるように育て上げるのである。
そのためなら飯抜きだろうが膝蹴りだろうが合法。
なんだかんだで人間はハードモードを欲しがっている。
過剰なまでに節約し、禁欲的であり、自罰的であり、他人の落ち度を許さない。
そして、消費を促し、性に解放され、他罰的であり、恥知らずな人間は間違った教育の成果だという認識は多くの人間が持っているはずだ。
というわけで、弱者は死ねということになるが、反論ある人いる?
Permalink | 記事への反応(3) | 23:21
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弱者は死ね、には同意するがわざわざ体罰することを俺は淘汰とは呼ばない
説得力のない言説を振り回すのは知的弱者っすね
強さの定義次第じゃないかな。 個人的に、多様性を持たない一方向の強さだけを求める社会って 環境の変化にひどく弱いだろうと思うけれど。 生存圧と人間の競争原理は違うからね。