悪いのをごまかすためによくもまあここまでやってくれたものだよ。
そりゃあ、自殺してくれれば嬉しいけどさ。鏡はいるだろうか。
あずまんと某早稲田生のカンニング問題みて、必死こいて受験勉強してる奴がアホみたいじゃないかと思った。早稲田OBOGが失望した等のコメントをしてたけど、受験生にも失望をあたえた気がする。ここまで意識が腐敗してるんだと。
関係ないけど、あずまんのアイコンはやっぱり娘さんのアイコンのほうがよかった。今回の件のとぅぎゃりを見てて。目に入るならおっさんよりかわいい娘さんの方が・・・あずまんの娘さんってかわいすぎると思うんだ。
>ヒートアップしてきた私は机をバンバン叩きながら大声で罵倒していた。
>絶叫しながら母にお茶をぶっかけたのが6時間ぐらい前のこと。
この態度、駄々っ子かおまえ。
みんな悲惨なら何らかの対策は取られるし同じ境遇の友達もいるし実はそれほど悲惨でもないんだよなw
実体験に基づいた価値観は人の言葉だけじゃ簡単には揺るがない。
これから自身でいろんなことを体験して
素敵なお母さんをいつまでも大切にね。
以前だったら、同調して愚痴を言っていたが、今はそんなことはなくなった。
愚痴を慎むようになったのには、きっかけがあって
それが後輩が愚痴をこぼしていた同僚にある。
同僚は総務の女性でぱっと見可愛いらしく、正義感が非常に強い。
(ということにしておく)
正義感が強すぎるため、そこ、言わなくてもいいんじゃないの?ということを人に注意する。
でも彼女自身は完璧でないし、人に文句を言えるような身分でもない。
自分を棚に上げておいて、何を言っているの?という事が頻繁にあるため、社内からは煙たがられている。
何分かけたのか、というくらいの長文愚痴メールを同調してくれそうな人間を選んで送ってくる。
愚痴を言わざるを得ない事実に基づいた内容であればまだいいのだが
彼女の悪い所は、ありもしないことを想像だけで文句を付けることにある。
こういったことをされると非常に気分が悪い。
そしてそうやって愚痴っている彼女の顔は、いつもの可愛いらしい顔とは違い、醜い。
驚くほど醜かった。
愚痴がエスカレートしていくにあたり、どんどん顔が酷くなっていく。
それにふと気が付いた。
人ってこんなに醜くなれるのか、と彼女の顔を眺めつつ思った。
醜い顔をしている彼女を可哀想に感じたと同時に、
母親相手にやりたくないかも知れないけど、面従腹背という選択肢はあるよね。
「そうだねお母さんは私を心配してくれてるんだねごめんね」
と表向き母親の思想を認めることと、あなたが「差別はいけない」と思っている思想を捨てないことは両立しうると思うのだが。
お母さんはあなたのそのようなまっすぐさをある意味心配しているのかも知れないなあ、と思ったり。
そしてこっちの問題に関しては多分時代性はない。わかんないけど。
罵倒したりお茶投げたりしてごめんなさい。
あなたの考えには同意できないけど、考え方は違うけど、けど一緒に生活し続けたいんだ。
これをそのまま言えばいいんじゃない?
まあ他人の心なんてわからんけどね。
火中の栗を拾うように自ら苦労するようなことはして欲しくないだけかもしれん。
(それがより悪質かもしれんけどね)
でもって結局増田も同じくらい頑固だろって思ったり。
その人がその思想で何十年と暮らしてきたなら、
それを改めるには何十年かかってもおかしくはないと思う。
差別は悪いことだからって、娘に諭されたぐらいで改心なんてできるわけないよ。
とりあえずは謝るしかないね。言い分ではなく行動に対して。
20代で気付くのは早いほう。とか思う。
その後の肉屋と鞄屋はもう好き嫌いの問題だと思う。
いや根本はそうなんだけど。
あーでも間違ってる自分を修整できない人はやっぱりやだな。
エコキャップ活動が批判されているけど、関係者は誰も損していないので、詐欺ってのは言い過ぎだろう。
元々、ペットボトルの回収効率を上げるための方便だったみたい。
それが人々の心に訴えかけて流行した。
で、便乗して儲けることを目的にする人たちが出てきた。
このビジネス考えた人はすごい、とか言ってる人もいるけど、別に最初からビジネスとしてひらめいたわけではなくて、結果としてサービスを作りこむ隙間が見つかってしまったという感じがする。
神社が儀式とか神話を裏づけにしてお札を売るのと同じで、古典的なファイナンス。
まぁでも、足し算掛け算のできる大人がまじめに取り組んでるのを見ると、やっぱり何だか救われない気分になるよな。
自慢の母だったんです。
父は私が幼い頃病死。そこから女手ひとつで育ててくれた。
1人でお店をはじめ成功させた。「みんな店長の人柄に魅かれてこのお店に集まってくるのよ」とお客さんにも褒められた。
60代後半に見えないくらい若いし、同年代の人と比べても柔軟な頭を持ってる方だと思ってた。
だから、その分ショックが大きかった。
そういう人たちは昔「えったもん」と言われててね。
そんな人達と結婚したらあなた自身だけでなく子供、孫までかわいそう…」
買い物帰りの車中の会話。
今時こんな時代錯誤な思考をする人がいるとは
結婚をする予定は今のところ全然ないしお肉屋さんや鞄屋さんの知り合いもいない。
その場では「その考えあんまり好きじゃない…」と濁らせたが、いつかハッキリとそういう差別はして欲しくないと言おうと思っていた。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3060010.html
今日、このページを印刷して見せた。結構な量があったが最後まで読んでくれた。
「ああ、こんな酷いことがあるなんて。お母さんの考えが間違っていたわ」
落ち込みながらこう言ってくれるとばかり思い込んでいた。
「ほら、こういうふうにね世間には差別があるの。苦しんでいる人がいるの。
あなたのことを大事に思うからこそ同じような辛い思いはさせたくない。
肉屋と鞄屋の人とは結婚して欲しくないという気持ちは変わらない。」
…そうきたか。
どうやら母自身には差別をする気持ちはないのだが
世間からの風当たりを考えてそのような人達と結婚して欲しくない、という考えだそうだ。
「その考えは間違ってるよ。差別意識を持っているということは自分に教養が無いって言っているのと同じだよ!」
「教養が無いと思われたらそれはそれで仕方がない。人それぞれ考え方は違うんだから。」
「"考え方は人それぞれ"っていう問題じゃないよ!差別はいけないことなんだよっ!!なんでそんな単純な事が理解できないのっっ!!!」
いつまでたっても平行線。母もわたしも変わらない。だんだんイライラしてきた。
ヒートアップしてきた私は机をバンバン叩きながら大声で罵倒していた。
「お母さんは今までどういう教育を受けてきたんだっ!!こんな親に育てられたのかと思うと恥ずかしいっ!!!」
「わたしとあなたは別個の人間。他人の思考を変えようなんて傲慢!」
…反省しています。
非実在青少年規制反対派のごく一部の人とか攻撃的で怖い所があって、いやもっと冷静になれよ・・・って傍から見て思ってたけど
思考が合わない人間に対して冷静さを失い(物理的にも)攻撃的になるという人間に今回自分自身がなってしまいました…。
でも今わかりました
20代になってやっとわかりました。
母と私は別個の人間である。
そんなことはとっくの昔に理解していたと思ってたんだ。
でも心のどこかで細かい所は違えど信念とか心の芯の部分とかは同じだと思ってたんだ。
でも違った。
結局母は、年の割に物分かりがいい特別な人間ではなく、
年相応に頑固で融通の利かない古い思想をもった"ごく普通"の人間だったんだ。
わたしは諦めた。
親に対して諦めるってこういう気持ちなんだ。
違う。
母の気持ちもわかる。
いやだからって考え古すぎないか
とりあえずどうやって仲直りしようか考えてます
仲直りできるのかな…
あなたの考えには同意できないけど、考え方は違うけど、けど一緒に生活し続けたいんだ。