2009-09-16

絶望増田文学集/一枚の保険証

平日は会社で、時折リーダーに褒められることはあれど特に怒鳴られることもなく、俺は平穏にプログラマーとして業務をこなしている。プログラマーと言っても、世間で言うほどの薄給だが激務というほどでもない。夜九時にはだいたい帰途につけているし、都心で独り暮らししていけるだけの給金はもらえている。

ケンで三ヶ月ごとに、早ければ一ヶ月半で職場を転々とする俺は、飲み会に付き合う必要もないため、ジャンプ立ち読みする日以外はほぼまっすぐ帰宅する。夕食も、最寄り駅の松屋牛めしを食べ、大量の紅しょうがと七味唐辛子、たまに玉子も乗せて食べるくらいで、あとは部屋に帰るだけ。

ケンと言っても、いわゆる「派遣社員」ではなく、ちゃんと正社員という肩書きを持っている。だから、無職よりもフリーターよりも、契約社員よりも派遣社員よりも格上。一部デイトレで稼いでいるようなニートよりは格落ちするものの、世間に顔向けできる立派な人間だと自負している。ちゃんと自活しているし。

さて、アパートの一室のドアを開けると、特に帰りを待っている人や猫がいるわけもなく、真っ暗闇が広がっている。だが、まったくの静寂というわけではない。P2Pソフトを起動しっぱなしのパソコンが俺を出迎える。

「さて、何がダウンロードできてるかな」

パソコンデスクの上にあるモニタの電源をつけ、iTuneから控えめな音量でニコソンを流しながら、ダウンロードの状況を確認する。今日は、タイトルだけで目を奪われるようなモノはダウンロードできていないようだ。

スーツを脱いでシャツだけになり、デスク前のイスに座る。下半身パンツのみなのは、「もよおした時」にいつでも行為に及べるためだ。2ちゃんねる専用ブラウザを立ち上げ、お気に入りスレッドを巡回する。今日も「お前ら」のいつも通りのレスを、上から目線で楽しませてもらうとするよ。

「はいはい、ばぐ犬おつ……、と」

ひとしきり+板で信憑性の乏しいコピペを貼りながらネトウヨを演じた後、冷蔵庫を開けると缶ビールが残り一本になっていることに気付く。

「しまったな、明日は土曜日だから出かけたくないんだけど……」

迷った末に、冷蔵庫の開けっぱなしは電気代がもったいないので、思い切って手を伸ばす。片手に缶ビール、もう片方の手にはHDレコーダーのリモコン。プシュッという音をたてて、昨日の夜に放送されたアニメの録画を再生する。

次のシーズンから何のアニメが始まる、という情報が溢れる時期だけが楽しい。楽しみな作品もいざ見てみると興を殺がれることが多く、ついつい「つまらない」とか「作画崩壊」とか「声優が棒すぎ」とネットに書き込んでしまうが、制作側が悪いので仕方がないことだろう。今日アニメ板の本スレに「あのシーンを挟む意味がわからねぇwww」ってレスしたんだけれど、信者に叩かれた。あのアニメ原作厨は本当に救えない。

「さて、まとめブログを巡回した後は、馬鹿ゆとりレスを見て煽る遊びでもするかな……」

+板では、今日ゆとりが我々サラリーマンをバカにするようなレスをしている。+板に書くような奴は、近い未来は俺と同じく職場を転々とし、人間関係希薄で、唯一、親よりも先に死ねないという理由だけで生きるようになるだろうよ。

ゆとりの雑魚ども乙www 学生のうちにほざいとけwwwww お前らが働き出すころには、もっと絶望的な社会になってるぜ、ざまあ……、と」

希望の見えない世界の中での、せめてもの暇潰しと慰みがアニメ漫画、そしてエロゲなのだよ。夢ばかり見ているワナビゆとり+民は、そうと知らずに大人を煽る。十年後の俺のほうが、お前なんかよりも地位も名誉もあるんだと。

学生のうちは、根拠のない万能感ばっかり持ててうらやましいぜwww 今に思い知るよ……、と」

何気なく巡回している掲示板を眺めていると、またゆとりエンジン全開のバカが書き込みをしている。割れなんかやってるほうがよほど情弱、だと?

購入厨の方が情弱だろ……、と」

サラリーマンは庶民で景気が悪いから節約しないといけないのに、そいつは無料で手に入るものを金を出して買うという。お前が今まで購入品に使った金を考えてみろよ。その金があれば割る事ができない物を沢山買えたなとか考えないのか?

ほら、ゆとりども、お前が割らずに買った金で買えたはずの、俺の嫁たちをうpしてやるから、存分に悔しがるといいよ。

「なになに、でもグッズは買うんだね、だと? グッズは割れないから仕方なく買ってるんだよ……、と」

俺の嫁たちに嫉妬し、悔しがってゆとりどもが発狂しだした。俺のやってることが犯罪だとか言掛りをつけてきたり、顔真っ赤だぞというテンプレのような煽り方をする奴までいる。インターネット衆愚だ、本当にバカしか集まらない。オマケに、まるで俺が働いていないかのようなレスも出てきた。

仕事してるよ、準備は明日すれば間に合う……、と」

割られたくないなら割られないような物を作ればいいのに。それに、俺だって割れザーで割れる物でも金を出して買いたくなる物は買っている。

「これ社会人の証拠な……、と」

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自慢の、原村おっぱいマウスパットの隣に写った保険証

絶望しかない浮世に一石を投じるための一枚は、俺に本物の絶望と消えることのない心の闇をもたらした。

面倒くさい職場人間関係、恐怖と苦痛の満員電車、将来の不安を煽るだけの政治・経済

そんな、些末な問題が絶望だと思っていた。

そんな、気の持ちようでどうとでもなることを、絶望だと思っていた。

けれども、俺に訪れた本物の絶望は、もっと凄惨なものだった。

一枚の誓約書の写しと、俺の人生を狂わせた写真が、今でも実家冷蔵庫に貼ってある。

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