この作品の評価の一つに戦時下の日常を歴史考証にそって正確に描いたといわれてる。
特にまるで現代人がタイムスリップしたような反戦思想を口にしないのがいい、と。
そこで違和感を感じる部分があるんだけど
あの時代の人が「居場所」なんていう90年代メンヘラ臭いキーワードを使ったり、
自分の居場所はどこかなんていうテーマで悩むかな。
結局、すずもタイムスリップした現代思想の持ち主なのではないか。
そしてこの作品も結局、歴史物の皮をかぶった現代劇ではないのではないか。
Permalink | 記事への反応(2) | 20:51
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十中八九悩んでると思うぞ 人間の中身は千年単位では変化しないので
青空文庫で「居場所」を用例検索してみたが、多くは普通の「○○が居る場所」という意味で使われていた。 強いて言うなら…ってのが宮本百合子著 二つの庭(1947年) 心と体の居場...
いや居所とか身の置き場とかでもチェックしろよ