2009-10-24

人間嫌いの淋しがり屋

友達がいない。誰もかまってくれないときは、孤独を強く感じて鬱屈とした日々を過ごす。もっと人と関わりたい、休日に一緒に遊べる仲間がいない、なんでいつも一人なんだ畜生、と身勝手な怒りの感情を溜め込んでしまう。

ところが、たまたま何かのきっかけで誰かと知り合いになり、何度か遊びに出かけることがある。最初のころは楽しいことも多い。しかしそのうち、実にいろんな人に鬱陶しさを感じてしまう。A君、B君、Cさん、・・・たぶん常人よりずっとずっと「この人は嫌いだ」と思う確率が高い。ある人の度重なる否定的な発言に苛立ち、また別の、延々と自分の話だけして愚痴ばかり続ける人からの電話に疲れ果て、どうしてこうもさまざまな人について、悪い部分ばかりが見えてしまうのだろう。しかもこちらも傷つきやすいときたもんだ。感じ方は、自分が正しいのではないかと傲慢にも思ってしまう(客観的にはそうではないケースだって多々あるだろう)。

しかし、彼らは仕事プライベートで社交的にふるまい友人も多く、とくに人から批判されるところを見たことはない。その事実を彼らのふるまい方の正否のサインとするなら、社会的に問題がある人物では断じてない。そうか、おかしいのは自分じゃないか。誰も彼らに文句をつけていないではないか。

こうしていざ人間との接触が増えると、あれこれの厭な面に疲れて、鬱陶しさから人と関わることを避けようとする自分がいる。ああ、孤独で、会社で誰一人友人ができず、休日も一人でいることは、worstではないという意味で自ら選んだ消極的な選択肢だったのではないのか? 一人でいて孤独を感じるときには、淋しいから誰かと食事したいなどと思うが、いざ人と接すると無性に腹が立ったり精神を(勝手に)刺激されすぎて離れたくなる。いつもその繰り返しだ。あまり人生幸福度が高くないらしい。もっと人間を好きになりたかった。もっとたやすく人を肯定できる脳をもちたい。

中高生ならこんな下手くそで不健全な対人関係でも許されようが、三十路を過ぎた大人の男が何と幼稚な段階でつまづいているんだろう。情けない。ずっと似たような過去をたどってきた人間として一つわかるのは、おそらく今後数十年もたいして対人関係のスペックは上昇しないだろうという暗い予感である。

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