およそ世の中に、運命が自己の生誕の日の十干十二支や、九宮二十八宿やなんぞによつて前定して居るものと信じたり、
又は自己の有して居る骨格や血色やなんぞに因つて前定して居るものと信じて、
そして自己の好運ならざるを歎ずる者ほど、悲しむ可き不幸の人は無い。
何故となれば、其の如き薄弱貧小な意氣や感情や思想は、直に是れ否運を招き致し、
好運を疎隔するに相當するところのもので有るからである。
生れた年月や、おのづからなる面貌やが、眞に其人の運命に關するか關せぬかは別問題としても、
然樣さういふことに頭を惱ましたり心を苦しめたりするといふことが、既に餘り感心せぬことである。
努力論 幸田露伴
https://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/4331_42264.html