他人の不幸は蜜の味、とドヤ顔で言う奴いるけど、他人の不幸をなぜかわからないけど自分の痛みのように感じることがあるのをどう説明するのだろうか。それとも、そういう経験したことないのだろうか。
小説とか不幸な物語読んで、落ち込むのは何故か?
他人の不幸は蜜の味であれば、喜ばなければおかしいだろう。
まあ、かく言う私も、中学生くらいの頃はドヤ顔で他人の不幸は蜜の味、とか言ってドヤッてたのだが、そういう人を見ると昔の自分を見るようで恥ずかしい。あと、いい大人がそれを、さも深いことであるかのようにそれを言うのを見るのもゲンナリするのである。
Permalink | 記事への反応(1) | 21:43
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他人の不幸は蜜の味というのは、脳の正常な反応です