ように指導され、日常的に体罰を受け入れるほかない状況に追い込まれた子どもは、「優しくされると諦めを感じる」ようになる。
「お前のためを思ってこうするんだ」と言われて殴られてきた彼らにとって愛情表現とは暴力であり、優しく接されることではない。
下手すると優しく接されるというのは「こいつはもう殴っても無駄なかわいそうなやつだ」と認定されたことに他ならない。つまり、殴る(ことで愛情示す)だけの価値もないと諦められてしまった、ということ。
だから優しく接されてもほっとしたりしない。むしろ逆に恐怖する。
「いつも通りに殴られないなんて自分は一体どんなことをしでかしてしまったんだろう、何がそんなにまずかったんだろう」と考えるようになる。