2009-10-31

Twitter懐古主義者の独り言

Twitterが、コミュニティの一生コピペにおける

面白い人が面白いことをする

面白いから凡人が集まってくる

住み着いた凡人が居場所を守るために主張し始める

面白い人が見切りをつけて居なくなる

残った凡人が面白くないことをする

面白くないので皆居なくなる

の、第3段階から第4段階へ移行しつつあるなと感じる。


今年に入ってから、サービス日本語化したときですら感じなかったTwitterの普及を感じる機会が増えてきた。自分と同属性の人はTwitterなんかにすぐ飛びつく連中であり、最近始めているという人は、それだけで自分根本の部分でおもしろさを共有できない相手だということだ。

サービス開始直後の2007年頃の日本人界隈は、活発な1000人程度のアーリーアダプター和気藹々と遊んでいる集団だったので、ふぁぼったーに載るような人はだいたい見たことあるIDだったし、実際に300人もFollowしていればある程度全体を把握できている感じはあった。

しかし、最近感覚としても数万、数十万単位の集団となっており、オフ会で特定のユーザーや話題に対して場が盛り上がっていても、完全に観測範囲外ということが珍しくなくなっている。今まで把握できてたものが完全に把握できなくなると、いつの間にか他人のものになったという勝手認識すら沸いてくる。少なくとも、自分のTL=Twitter全体なんて勘違いをさせてすらもらえない状況だ。

こういう状況ですら、Twitter普及のキャズムを越えつつある段階でしかないだろうし、きっと現実にはそんな段階には足もかかっていないんだろう。そうなると、今はまだ何とかやっていけてるが、あと1年後に続けていられる自信があまりない。


自分のTLが、mixi日記コメント欄における馴れ合いと変わらない様相を呈しており、こういう率直な事も書きにくくなってきた。読む人が読めばわかる書き方をしたので、あいつはそういう考え方なのかと思ってて欲しい。誰か、こんな自分に避難場所を教えてください。

  • 実際に300人もFollowしていればある程度全体を把握できている感じはあった。 そんな狭いところで喜んでるようだからアーリーアダプターはキモいんだよ! 物陰で蠢いてるゴキブリとか...

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