何が何でも陰謀にしたいんですね、分かります。
他の学科の人は、普通に「B型だからー」とか普通に会話に出てきてる。本気で信じていないことについてこんな風にでてくるものだろうか?
「昨日モー娘。がさー」と話しているひとは、モー娘。好きじゃないといけないってわけでもないだろ。
単なる話題だって…。
世界が狭いし、同世代としか話さないから血液型とか微妙に違うモノ(個性の一部って考え?)の話題が好きな気がする。
○○ちゃん髪型変えたでしょー、とかで盛り上がれるのも学生ならではだったなあ。
それ、ツッコミどころ違うんじゃね?
あるわー。
大学の授業で、その授業の感想を書いて提出しろっていうのがあって、毎回非常に困った。
一般教養の歴史の授業で、近代だったんだけど「感想」を求められても困るんだよね。
AがBをした。それだけでしょ。「こうすればよかった」とか言えっての?意味なくない?
1+1=2です。感想は?いや、感想もなにも、1+1=2ですよね、しかないでしょ。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080708/tnr0807081326011-n1.htm
ほんっと男ってくだらない。
分野の人と分野違いだけど系統が同じなのでつっこみが入れられる人は、
原理的に理解をしているだろうからそこそこ信頼できる。
けど、原理から理解しているのではなくて、ソースにおける言葉のつながりを
論理的に解釈しているだけの人もネット上には多くて、こっちは信頼できるかわからない。
ネット上で見かけるのは、後者なんだけど、あれは回転が速いと言っていいのか分からないときがある。
個人的には池田信夫もこっちだと思っているが。
なんだろう、
「考える」というよりそれ以前の、「感じる」ものが少ない気がする。
例えば好きな映画について、「どこがよかった?」と考えてみるとき、ある1シーンを挙げ「ここがよかったような気がする」という希薄な感想しか出てこない。
どんな人であれ、好きなものについて語るときは作品の詳細だけではなくて作品を自分の中の世界とリンクさせた感覚を持っている思う。
自分の中の○○はこうである、とか自分の内面に及ぼした影響は…とか。
もちろん、作品の正しい鑑賞のしかたがあるとは思わないし、演出について議論を交わしている人達がいる事も分かっている。
ただ2時間映画を見て「ここが良かった」という以外の感想が湧き上がってこない自分に嫌気がさす。
こういうところの無思考さだ。
自分はなにかの病気なんだろうか。
いや、けっこうネタと思ってない雰囲気が醸し出されてる場合があって、ウザいんだ。
真面目に言ってるところを横からすまんが「僕アルバイトォォォォ!」を思い出してしまった…w
ああ、それはいいかもしれない。
割と不毛なのであまり議論には参加してないんだが、そういうのを見つけたら書き込まずとも反論を考えるのはいい訓練になるかもな。
書き込んだほうが練習にはなるだろうけど、そのあたりはまぁ空気を読んで。
最近読んだ小説で、疑似科学にぽんぽんと突っ込みを入れている描写があったんだが、下準備なしにリアルでそういうものに理路整然と突っ込める人がいたら本気で尊敬するよ。
古いかどうかの問題じゃないと思うけど、最近専業主夫願望増えてたから専業主夫のほうが勝ちと思われてるはずでは?働き続けるのが勝ち組というほうが古い機が刷る。だから悪いというわけじゃないけど。
その気持ちよく解るよ。
リアルでもネットでも結局人間って自分の常識の範囲を飛び越えた人を目の当りにすると何もリアクション取れないんだよな。
ただただ立ち尽くすのみだ。
回転をはやめるために、高速でつっこんでいってはどうだろう?
たまにすごいめちゃくちゃいってる人がいるけど、そういう人に限って自信満々でどこにつっこんでいいか分からなかったりする。
ネットでのやり取りでさえこれだと、リアルでそういう人に会ったらまず対処できないだろうなー。
もう少し頭の回転を速くしたい。
そういう事例があることは否定はしないが、元増田の文章を読むと、
な世間だったわけじゃん。
・・・・
言い出したのが今の世の中なんだから
だから、昔とは異なる最近の風潮について言っている。つまり(理由はふれないが)結婚できない(と思い込んでいる)ことや、病を理由にして結婚しないし子供も作らないというのは、まあおいておいてもおkということ。
自活できるから結婚しない、というのもかなり意味不明で、それは独身貴族なる言葉も昔あったように、男側にも与えられている権利ではある。しかし、一定の年齢まではうらやましいねえ、で済ませられているのかもしれないが、それを超えても同じ評価を得続けているかどうかはわからない。年貢の納め時が来るからこそ、いいねーが成り立つのであって、そうでない場合はどうだろうか。
いやそんなことは価値観の違いだよ、とか古いね、とかいろんな意見があるのだろうが、まあ年々背負うものは重くなるだろうし、背負うものに見合ったものを持っているかどうかで決まるんじゃないだろうか。
個人的には血液型に対応した性格をテンプレートとしてとらえて、そことの差異や共通点を会話のネタにしてる人が多いように感じる。
パーセンテージ的には、信じてる人と気にする人で70%くらいいくんじゃね?
そういう人に対して、嘘だとか統計的にオカシイとかいってもしょーがないので、
話のネタとして、使う方が大人の対応だろう。
「B型をバカにするな!」とか、反論するのも疲れるしね。