2007-08-25

ケイ制度

インターネットが普及して10年程経った頃。その頃になってもまだ犯罪行為を自慢げに吹聴する輩が多数いた。黎明期ならまだしも、ネット人口が増え、巨大掲示板個人ニュースサイト、新興ニュースサイトソーシャルブックマークブログなどある程度まとまったネットワークが形成され、情報流通速度が格段に上がっていた時代であったので、彼らの悪行はあっという間に広まり、警察機関に連絡するもの、より認知を広めようと騒ぎ回るもの、彼らの情報を洗いざらい調べるもの、それらが各々刺激しあい、彼らに手痛い打撃を加える祭りと呼ばれる現象があった。

当初は純粋ネタとして正義の鉄槌を楽しむものであったが、時が経つ毎にそれは次第にベタとなり、公権力に対する不信感が高まっていた時機でもあったので、本当に正義の鉄槌としてのシステムができあがっていった。それが現在のシケイ制度である。

きっかけはある人物の書き込みであった。彼は最後まで名前を名乗らなかったので以降は仮に彼と呼ぼう。こいつの住所を調べたら金をやるよ。誰も信じなかったが、それがなくとも無償でそういった行為をする者はいたので、住所を調べてきてその掲示板に書き込んだ。周りは特定した人物を讃え、そして金をやるよと書いた人物にレスをした。

ほらwww早く払えよwwww。誰もがただの痛い奴だと思い嘲笑のレスが連なる中、数分後その人物はメール送金で払うからメールアドレスを教えてくれと書き込んだ。特定した人物も信じていなかったので「ほらよ。早く払ってくれよw」と先ほど取ったばかりのフリーメールアドレスを晒すとすぐにメールが来た。相手のメールアドレスフリーメールだったので、やっぱりなと思いながらも本文を見ると確かにメール送金を扱っているドメインURLが貼られていたので、そのサイトへ進み、言われるままに登録し、新しくできたばかりの口座を見るとそこには100万円が振り込まれていた。

振り込まれた人物は恐ろしくなったが、スレを見ると支払った人物に対する非難と自分に対する「嘘だったんだろ?w」というレスで埋まっていた。本当に振り込まれていることもそうだったが、それ以上に100万円という額に驚き恐ろしくなっていたので、スクリーンショットを晒して相談することにした。本当に振り込まれていたこと、そしてその額に驚く者が多数であったが、自作自演ではないのかと疑う者が少なからずいた。しかし、そんな疑問も次第に薄れていった。金を振り込んだ人物、彼はその後も何々をしたら金をやるよと書き込み、受取人が多数出たからだ。全てが自作自演の可能性がなかったわけではなかったが、スレはそのこと自体に盛り上がり、彼を讃えていた。原始的なシケイ制度の始まりである。

その後も祭りがある度に彼は現れ金を支払い続けていたが、いつしか彼の思想に賛同し、自らも援助したいと申し出るものが現れ始めた。

支援金は彼が新しく作った口座に振り込まれた。援助を申し出るものは彼の手助けをしたくて金を出したいと言ったのだが、彼は私服を肥やしてると思われるのを嫌った。そこで新しく口座を作り、そこに振り込んでもらい、そしてその際にはスクリーンショットを撮ってもらうことを頼んだ。彼は金を受け取るとクリーンショットを撮って、送金してくれた人と共に公開することで、できるだけオープンにしようと試みた。もちろん、送金した人間もグルである可能性は否定しきれなかったが、当時は彼が望むような誰でも口座にアクセスして共同管理できるような場所がなかったので、それが彼にできる精一杯であった。

支援金が集まり、懸賞金の額も膨らみ始め、それを職業として暮らせるものが出てきた頃、冤罪未遂祭りが起こった。制裁の直前にたまたま発見した人物がおり、それが無罪の決定的な証拠だったので、未遂で終わったが、その件を重く見た彼は無罪であることを発見した人物に一級額の金を支払った。それ以降は潔白であることを証明しようとするものが多数現れ、制裁前に発覚することとなった。

数年が過ぎ、支援金や、懸賞金の支払い、送られてくる情報などの数が増え管理が難しくなった頃。彼は作業員を募集した。会計、審理の補助(判定をするのはあくまでも住人だが情報が煩雑になり整理しきれなくなっていたので)、事務など業務内容によって求められる条件は当然異なっていたが、一つだけ共通していた条件が、他の会社では見られない変わった条件があった。それは祭られる覚悟がある人物。支援金を横領したり、審理を特定の方に有利に運ぶ資料を集めたり、書類などを改竄などした者は容赦なく祭り上げられる。彼はそういったシステムを作った。最早一大権力にまでなった強大な権力を行使する側で働くからこそわかる祭られる恐ろしさ。思惑通り、裏切る者は誰もいなかった。

システムが成熟した頃にはそれは私刑制度と呼ばれていた。以前は揶揄言葉だったのだが、その頃には褒め言葉と使われていた。そんなとき凄惨極まりない事件が起こった。その詳細を聞いた者のほとんどは死刑を願ったが、その3年前に死刑は廃止されていた。長くて10数年。早ければ10年で出てこられるなんて余りにも軽すぎる。そんな空気であった。そして初の懸賞金10億円が出された。内容は死刑を下すこと。驚きはあったが、それも熱狂とも言える空気に流された。2日後。あっさりと対象の人物は殺された。

前代未聞の事件に重い量刑が予想されたが求刑は極めて軽いものであった。初犯だから。凄惨極まりない被害者の犯行に義憤を感じたから。そんな判決内容だったが、誰もそんなこと信じなかった。皆は本当の理由がわかったのだ。重くすれば自分が祭られるからだと。

以前、警察にも潰されかけたこともあったが、すぐに復活した。ノウハウは完全にできあがっていたし、彼の身元はわからなかったし、働いてる作業員には罪らしい罪はなかったし、それに何より全国民かと思う程の人間に非難されたから。潰してもすぐに復活し、潰そうとすると祭られる。警察内部にも協力者、信奉者は多数いたので簡単に祭られた。そんなやりとりを数回した後、警察は完全に撤退し、システムを黙殺することになった。

そのような例があったので誰もがすぐに理解できたのだ。司法も祭られるのを恐れたと。

このように原始的な祭りと呼ばれる現象から生まれた私刑制度は晴れて死刑をも含めたシケイ制度となり今に至る。昔は危険性を主張する声もあったが、今ではそんなことを言うものはいない。言えば祭られるからという理由もあるが、それ以前にシケイ制度に疑問を抱く者が減ったからだ。幼い頃から当然のようにあったものに疑問を抱く者は少ない。それにこのシステムは確実に、そして着実に、悪を裁いて、正義の鉄槌を下している。そう考える者が多数であり、それが常識だったから。

かくしてシケイ制度は完成し、今も回っている。今はもう彼は携わっていないとの話もあるが、それでも順調に回っている。全てが公開されている運営の不正に対する懸賞金は高く監視の目はとても厳しい。祭りの恐ろしさを誰よりも知っていて、不正さえしなければ国内でも有数の給与・待遇職場環境であるその立場を捨ててまで不正しようとする者はいない。このシステムを生み出した彼は今どこにいて、そしてこのシステムをどう思っているのだろうか。彼がいなくなっても順調に、くるくると、狂々と回り続けるこのシステムを。

  • 一つ、人の世で無節操な付和雷同。 二つ、ふらちないじめと英雄気取り。 三つ、醜いネットの悪魔を退治てくれよう桃太郎。

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