私の時間をお前がつぶすな。
お前の怠惰なおしゃべりで待たせるな。
無能なことを自覚しろ。
クライアント都合で待つのはかまわない。
それも仕事だ。
だが待つ必要があることを伝えるのがお前の仕事だ。
テレパシー送ったつもりか。
口で伝えろよ。メールで伝えろよ。
今日は疲れた。
はてなー女子で結構気になっている子がいて、気を引いてもらいたいんだけど自分のブログで書くのは恥ずかしいから、増田でエントリ書いてあの子にブックマークしてもらえないかなあ、とか思ってモジモジしてるの。
試してごらんてことは、君んとこでは成果でたのん?
「皆には優しくして、特別な1人には違う接し方をする」
いや、それ自体はよく言われるけど話なんだけどさ。その例として出してるメソッドがなんつーかどーも、思い込みに基づいて手編み詩集プレゼントしちゃう系の行動に見えてしまう。普段別段優しくもされてない相手から「特別なプレゼント」とかもらったら普通ドン引きだと思うんだけど。
ややこしいからそういう創作は控えようよ。それって創作でしょ? たぶん、実感じゃないよね、根拠がないけどそう思う。
>誤字脱字とか変換ミスをなかなか認識できないLDという症状。
LDてなにさ?と思ったので
自動リンクで自己顕示するはてなキーワードさんに聞いてみました。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/ld
聞いた自分がばかでした。
本命じゃない子には、すっごく優しくして、本命の女の子には冗談を言う。
本命じゃない子に何か頼まれたり、誘われたら、
嫌な顔ひとつせずに、笑顔で乗ってあげる。けど、本命の女の子には笑いながら濁す。
だけど、ホワイトデーやクリスマスは、本命の子に特別なプレゼントをあげる。
本命以外の子には、それなりのものをあげる。
そういう、「逆の特別性」って凄く効果あるんだなぁって最近思ってる。
1人に特別優しくするより、
「皆には優しくして、特別な1人には違う接し方をする」
っていう接し方の方が、やってる方もやられてる方も満たされるんだよね。
優しすぎて恋愛がうまくいかないって言ってる人は、試してみるといいかもよ?
モテの話とか、ファッションの話とか、脱ヲタの話とかでもそうなんだけど、見た目というかビジュアルというか、ともかく視覚情報が重要な要素の一つとして大きく占めてるのに、画像も貼らずにウンチク垂れたって、あまり意味のある話だとは思えないのだ。全く意味が無いとまでは言わないが。
なんつーかほら、飯屋の後ろの席でバカップルがキャッキャウフフしてる声を聞いてるとイライラしてくるけど、実際そのバカップルを見てみて、それが”お察しください”な二人組みだったりすると、逆に嘲笑と優しさの入り混じった穏やかな気持ちになれるじゃないですか(もちろん自分の事は棚に上げて)。
恋愛話(論)だとかモテだとか脱ヲタだとか語るなら、てめぇ様の画像くらい貼ってくださいよと。目の辺りに冨樫海苔付けても構わないから。2chや増田は匿名が売りなんだろうから、仕方が無いかなとも思わなくもないけれど、せめて一般のサイトというかブログなんかで語るときくらい、とりあえず自分晒しとけよと。いや嘘、増田民も何とかして晒せ。顔が見えないのをいい事に、したり顔して恋愛だのモテだの脱ヲタだの語るな。言ってることが滅裂だが考えるな、感じろ。
さすがに恋人まで晒せとは言わないから(本当は見たい気持ちでいっぱいだが)、まずはそこからだ。
文章だけなら頷かされたり考えさせられたりした恋愛話やモテ論も、画像付きだともう笑い話としか思えないような場合って、結構あるんじゃないのと思う。「脱ヲタしてファッションもまともになりました!」ってのも、画像みてみたら、当人が排除したがっていたオタクファッション並に全然ダサかったり、もしくは勘違い君全開だったり。
「えーマジ童貞!?童貞が許されるのは小学生までだよねー」なんてセリフが許されるのは、彼女達が美少女だったからなのだ。悲しいけどこれ戦争なのよねなのだ。
近頃は、なにか人格にネガティブな面が見られれば、すべて障害や異常だと診断されるじゃないか。
それを非難するわけじゃないんだけど。
それはそういう障害なんじゃないの?
誤字脱字とか変換ミスをなかなか認識できないLDという症状。
生活にそれほど支障が出ていないのであれば、本人も健常者だと思っているはず。
「沢山の女性にモテなくても、1人の女性にモテればいいじゃん」とか、
「俺だって、うまくいかねーよ。」とか、
お菓子の持ち寄りは良いな。
「この店のこれおいしいんだよー」という必殺の一品を持ってきてもよし。
なつかしの駄菓子を持ってきてもよし。
http://anond.hatelabo.jp/20070214151029
おめーの欲望なんてねーよ。
全部誰かの欲望だよ。
だからどーした。
高望みしすぎなんだよ。
おれには欲望資本主義を憎む非ヨクにしか見えないぜ。
クラブでも行ってこい。
果たして勝負とは、決戦とは、「出来事の大小」が「重要である事の大小」と其の儘対応するものなのだろうか?
ああ。宮本なら「勝負を求める我ら」と言うだろうね。
まさか決戦存在とは言いません
兵士に。戦士になりたいです。
我らの戦場はどこに?
自分は好きな人すらできやしない。
おそらく切実に他人を必要としてないんだと思う。
そして自分が傷つくほうがイヤなんだと思う。
そんな自分がイヤだ、と、イヤイヤしているうちに、さっさと時がすぎて行く。
犬と暮らしたい。
でも犬と暮らすためには、拘束時間の長い今の職を捨てなくてはならない。
人生とはままならないものだなあ。
言葉を額面通りに受け取るのを抑え、相手がその言葉によって何を伝えようとしているのかを考えてみるのはいかがですか?言葉は必ずしも一義的ではないのですから。
首都圏で通勤通学をしている人で「明大前」駅を利用している人は多いんじゃないかな。
ホームの壁面にはキャッチフレーズなのか、
「Change! Meidaimae」
と書かれているんだ。
いつも通るだびに思うんだけれど、
「Chinge! Meidaimae」
つまり
「チン毛!明大前」
となる。
ただそれだけなんだけれど、なんだか楽しくならない?
「あい」の無い生活の中でも、
自分で「あい」を探さなくちゃね。
今日「愛」をもらえなかった方へ。
また来年があるさ。
またやってしまった。これで何回目のことだろう。そう思って、私はうつむく。
画面には、はてな匿名ダイアリーが映っている。
私は相手に対して正直でありたい。そう思っていつも返信している。
それなのに、「ネタにマジレス」「マジレスかっこ悪い」と罵られる。
ああ、この人たちにはわかってるんだなあ。冗談か、そうでないか、が。
最初は相手が悪いのだと思っていた。
相手が、「これは冗談です」とわかるように書いていれば、私は傷つかずにすんだのに、と。
でも、次第にほんとうのことがわかってきた。
私はいつでも真剣だ。書いてあることをそのまま見て、そのまま受け止める。
でも、それがいけなかったのだ。
なぜなら、私の世界には建前と本音の境界線がないのだから。
私の世界には、知っていることで判断する裁判官がいる。
でも、裁判官はバカなので、多くのことが本当かどうかわからない。
だから、知っている範囲でしか、冗談かどうかがわからないのだ。
そして、知らないことは、とりあえず本当だと決め付けてしまっていた。
たぶん、私の知らない世界には、もっときちんとした裁判官がいて、
そういった「わかっている」人がいるんだろう。
でも、私にはなれない。決め付けられない。だから、いつまでも冗談がわからない。
まとめ:いつも真剣に言っているので、建前と本音の境界を決めていない。故に、冗談がわからない。