2018-05-01

anond:20180501112341

罰が与えられないからと言って罪を見逃すのではなく、それが罪であることを認めさせることはできるはずだ。

絶対的な罪が存在すると思われていた”神が生きていた時代”こそが人間にとっての暗黒時代だったとか。

多くの「罪」は究極的には、二者の利害が相反するところからまれているので、「それが罪であると認めさせる」ことは、その社会が定めた法律が介在しない限り私刑しかない。

記事への反応 -
  • まずいじめ問題。 いじめる側の言い分を聞くと、おおよそいじめられる側に原因があってそれを罰することから始まっている。 いじめる側がいじめられる側に転じるのもこのロジックだ...

    • シンプルに狂ってる。 オレサマが法律の私刑社会が出来上がりそう。

      • ???真逆じゃない?それをやめようって話じゃないの?

        • 罰が与えられないからと言って罪を見逃すのではなく、それが罪であることを認めさせることはできるはずだ。 絶対的な罪が存在すると思われていた”神が生きていた時代”こそが人...

    • すげえ現代社会全否定だ

      • 進歩は現状を否定することから始まる。デカルトの言葉です。

    • 私罰を禁止して公法による刑罰に限るわけだよね? 毎年たくさんの法律や条令を作って国際法も制定する課程なんだけど、 利害の関係で国会で捌き切れていないんだよね。 で公の方で...

    • 昔「お上が罰してくれない悪を闇に葬る」仕事人シリーズというドラマがあってだな。

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