2016-10-13

[] #1-1「石の水切り」

簡単」なんてものほどアテにならない言葉はない。

もちろん、そんなことを言う人間もだ。

例えば石の水切り。

川原とかで石を投げて跳ねさせる、なんてことはない遊びだ。

けれども夏休みの一幕において、精神的優位に立つ程度には大事でもある。

弟のマスダも、今年の夏はこの通過儀礼が待ち受けていた。

よく一緒にいる仲間たちと、近々キャンプに行くらしい。

指南を俺が断れないよう、ゴールデンアイ007でオッドジョブ防弾チョッキを譲るという涙ぐましい接待をしてきた。

プロフィール欄の特技や苦手の項目どちらにも、石の水切りなんて書いていない程度の俺に頼んでくるほど、弟は切羽詰っていたのだ。

仲間の中で最も上手いとまではいかなくとも、下手くそだと思われないレベルにはなりたいというのが要望だった。

意外にも身の程をわきまえた依頼に感心した俺は、サクマ式ドロップスに入ったハッカ味だけを食べる役を、弟が引き受けることを条件に了承した。

結果として弟は安定して2桁いけるようになり、俺は石の水切りを教えるのが上手い兄として認知されるようになった。

俺のプロフィール欄の特技にも、直に「石の水切りを教える」と書かれることだろう。

後にキャンプでの話を聞くと、川原がなかったので石の水切りはやらなかったらしい。

(#1-おわり)

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