数カ月前の発達障害者による殺人事件の判決について、今更の疑問。
http://www.47news.jp/CN/201207/CN2012073001002297.html
既に多くの方がご存知の通り、この判決のうち、特に「社会の受け皿が~」のくだりについて、そんなん被告人の責任じゃねーだろとか、差別に繋がりかねないといった声が少なからずあり、また福祉に対する挑戦という見方をする人も。
思うんだけどさ、これ単純に「遺族の感情を重く見て」って判決理由じゃダメなの?
「社会の受け皿」とか余計なこと書くから、患者や支援者をはじめとする多方面からツッコまれるわけで。
裁判員の間でどんな議論があったかは知らないけど、少なくとも判決を取りまとめた裁判官は、この判決文に対する世間の反応を予測できないようなバカじゃないと思うので、何故こんな判決理由にしたのか理解に苦しむ。
そりゃ刑罰は遺族や世間の人々の溜飲を下げるためだけにあるもんじゃないのは分かるけどさ、現に光市の事件では遺族や世論の声に押されて、より重い判決(死刑)が出たわけでしょ?
姉妹間での殺人だから、被害者遺族は加害者家族なんじゃないの? それこそ「遺族の感情を」なんて書いたら遺族が集中砲火されそう。
遺族感情なんて重視してどうすんだよ。それもそれで迂闊すぎる判決だよ。