2008-10-31

http://anond.hatelabo.jp/20081031062451

たまには増田で真面目なことでも書くか。

もう10年以上前になるが、高校生のころ父親が脳梗塞で倒れた。

救急車で運ばれて、わずか2時間程で医者には植物人間になったことを告げられた。

心の準備とか何も出来てなくて、未成年だった自分は放心状態になるしかなかった。

本当にあっという間だよ。

家族で夕飯を食べていて、父が突然倒れてからたったの2時間

今でも思い出すと涙がでる。病院の冷たく暗い廊下は今でも本当に嫌いだ。

脳死ではなかったため、いわゆる選択肢はなかった。

平和だった家族は次の日から植物人間介護する家庭に変化を余儀なくされた。

今でも父は病床にいる。

社会人になり自分は家を空けることが多くなった。

しかし母は今でも献身的に介護を続けている。

この10年を振り返って、家族でよく考えることが一つある。

あのとき父に死んでもらったほうがよかったのか。

それとも現状の植物状態でも生きていてくれたほうがよかったのか。

最終的な結論は、父が死んだときにしか出ないだろう。

ただ現状の答えは一致している。

本当に生きていてくれてよかった。

意識も無いし、喋ることは無い。

流動食を消化し、呼吸をし、排泄するのみだ。

でも家族にとって肉体的に父が存在するだけで十分だった。

「そこ」に温かい父が存在するのと、しないのでは全然違う。

バラバラになりそうだった家族はいつも父の枕元で、父の顔を見ながら相談をした。

父が返事をすることは無いが、10年間父に話しかけるのをやめたことはない。

自分と弟は結婚して子供が生まれ、父親になった。

父は自分が気がつかないうちにおじいちゃんになった。

命名の日、お宮参りの日、クリスマス、お正月

イベントごとに父でありおじいちゃんの枕元に人が集まる。

この日々に意味が無いとは思わないし、思いたくない。

こういう問題は、人間の心抜きには語れないと思う一方、

世間に理解を求めても難しいのはさんざん体験している。

チラシの裏すまん。

記事への反応 -
  • 母親が事故にあい植物状態になった。 病院からは退院するように言われ、介護してくれる場所を探したが、受け入れ先がない。 仕方なく自宅で面倒を見ることになった。 体位交換に...

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    • 法律上の罪は罪として、実際に罰を受けるかどうかは別問題じゃね? 自分の良心に苛まれるの? 罪だと断罪されるのが嫌なの?警察やマスコミ、裁判所でヤイヤイ言われること。 社会か...

      • http://anond.hatelabo.jp/20081031071921 いろいろ混乱してると思うので、以下を読むことをお奨め。 「脳死と植物状態について」 http://www.okayama-zouki.or.jp/noshi.html 簡単に言えば ・脳死(回復不...

    • 海外には経口で食事取れなくなった人間を生き延びさせなくても殺人とみなされたりしない国あるけどね 日本だととりあえず保護責任者遺棄罪に問われる可能性は割とある ただほとんど...

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