「無知の知」って、単体だと直観的じゃない言葉だけど、「完全に理解」した人が「まだ知るべきことがあった。やっぱり自分はまだ甘い」となることを「無知の知」と呼ぶんだったら凄く分かる言葉になると思う。
ということは、「無知の知」とは「完全に理解した」の次の段階のことだと定義した方が世の中の知性の向上に資するのではないだろうか?と思う。有用な展開であればソクラテスも許してくれる気がするのだが、どうだろうか。
この着想についての評価がどの程度されるべきかをエロい人に教えてほしい。
Permalink | 記事への反応(1) | 21:07
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