私は日々、自分に訪れるであろう死とはどういうものかと考えている。
しかし、死後どうなるのかは生者には解り得ない。
どのような確信があろうとも、それは「死のこちら側」から語ったものに過ぎない。
たとえ唱えている説が本当であろうとも、生者にはその真偽は確認出来ない。
更に、死後辿る道が万人共通とも限らず、
自我が消え去る者もいれば、そうはならず自我が残る者もいるかもしれない。
生前の世界では全く語られる事の無かった未知の世界に行くのかもしれない。
それは叶わない事かもしれない。
死して尚自我が残っていた時、私は本当の意味で絶望するのかもしれない。
そしてまた生前と同じように自我を消滅させようと模索するのかもしれない。
この事はもう何度も繰り返されているのかもしれない。
私にはそれを知るすべは無い。
私も自我の消滅を願ってしまうけど 自我は現世に意見や技術や作品として発散し尽くして「もう思い残すことはない」って状態じゃないと消えないんじゃないかと思ってる 自我なんて...
これからの季節よくある 卒業式みたいなものだと思うよ。