なんというか「ベーシックインカム」と言う言葉で検索かけては、賛成論者に噛み付くのを生きがいとしている層がいるようですの。
まずですね、ベーシックインカムについて語るときには、前提として「俺の税金が働いていない人間に使われてムカつく! 許せない!」という感情論が真っ先に立ってしまう。これが、この制度に対する是非論として、議論すら成り立たないという現状を生み出してしまっているのだと思います。
そこから離れて考えましょう。
というのは、こういう話にこういう感情を挟んでしまうと、「税金で自衛隊を維持するのが許せない!」、「生活保護なんて与えるのが許せない!」、「税金で犯罪者養うなんて許せない!」、「税金でダムを造るなんて許せない!」などなど要するに国民全員がそれそれの立場で「許せない!」が発生してしまうので、もはや水掛け論にしかならないわけです。
そういう水掛け論が好きな人もいますが、水を掛けあっても何も生み出さないぐらいはわかって欲しい。
だいたい、私だって「ベーシックインカムが導入されればこの世は天国! 何もかも解決する地上の楽園!」とか言うつもりはないのですよ。
ただね、今もう同年代(37歳)かそれ以下の人たちに話を聞いたり、実際に自分も会社勤めをしていたりして痛感せざるを得ないのが、「もはや日本社会は労働に対して相応の満足感を得られる報酬を与えることのできない社会になってしまっている」という現実です。
働いても働いても、明らかに自分たちより上の年代の水準の報酬は得られず、そのくせ携帯電話やインターネットやコンピューターの普及によって仕事の密度や速度が激増し、さらに未来への希望などというものが欠片も見出せない……。
そういう絶望感に喘いでいる層は確実に存在し、そして日に日に存在感を増しつつある状態にあります。
今現実にこういう絶望感に苛まれている人たち、これからそうなるかも知れない人たち、そうなりたくないのに働くことすらできない人たち、こういう人たちに「働かない、その代わり底辺生活」という選択肢。
階段の踊り場。
そんな場所を制度として導入し、一息付かせることが出来る社会。
そういう場所があるからこそ、違法な残業やパワハラなどに耐えて奴隷のように追い詰められずに安心して働ける社会。
そういう社会の選択肢を、私は「アリ」ではないか? そう考えているわけです。
よくこの手の議論で出てくるのは、「ニートや怠け者に追い銭」理論ですが、むしろこういった層が「自分のできる範囲で働く」ことができるだろうと思いますし、さらにニートの人数よりも異常なぐらいの残業や低賃金、パワハラなどに耐えている人間の数の方が多いと思います。
新卒の若者たちの雇用難、徹底的にダンピングされつくしている労働者、そして意欲もなく生きるためだけに働いている人たち。こういう圧迫された社会の状態は、もう20年近く続いており、いったいどれだけ日本人や日本という国がスポイルされてしまったか? 私はずっと実感として持ってきました。
今、この国に必要なのは、こうした張り詰め続けてボロボロになってしまっている日本という国に活力を取り戻すには、ベーシックインカムという「ゆるみ」は必要なのではないか? むしろ、希望もないのに「ゆるみ」もなく張り詰め続けていたら、もう壊れてしまうしかないのではないか?
そういう危機感が物凄くあるわけです。
はい、ここからが大事ですので、ベーシックインカム反対論者の方々も聞いてください。
そもそも私は「ベーシックインカム」という選択肢を「アリではないか?」と言っているだけで、これが絶対の真理、ベストなどとは欠片も思っておりません。
もっと上手く日本を活性化させる方策があるならば、私の方こそ聞きたい。
是非、お伺いしたい。
そう。
ベーシックインカムを巡る論議は、これが是か非かで語るのは、全く何も生み出さない、不毛な議論だと私は思うのです。
反対派も賛成派も、ベーシックインカムだけでなく、もっと日本を活性化させる案を出し合って、その中から日本の将来のためになる方策を探すという議論の仕方をすべきなんです。
今のところ、ベーシックインカムで「ゆるみ」や「休み」を与えてあげるのは、ワーカホリックのあげくに鬱病のようになってしまっている日本人には良いかな、というのでかなり心が動いているという所です。
別の方策を挙げるような議論をしようよ……。