2009-09-18

someday

就活を控えた大学回生なんだけど

どうも第二モラトリアム突入しそうな勢いにある様子

こう、僕自身の立ち位置に凄く悩む

僕は誰かから褒められるような人間でもなければ、蔑まれるような人間でもない

多分日本なら多数派の「ダラダラと生きてきた人間」になるんだろう

かといって勉強してこなかったわけじゃない

資格も取ったし、新書も読んでるし

政治経済だって、難しくなると分からないが

一応世界情勢をざっくばらんに話すくらいは勉強している

こういう人間の僕が

就活のために、さらに勉強を重ね、知識を積み、より人間として「高み」にのぼろうと

最近努力をしているのだが

ここにモラトリアムが生じてしまっている

ぶっちゃけた話、僕は今の僕に「非常に満足している」

新書自己啓発本を見れば

確かに「ここを自分改善すべきだ」と感じるところはあるのだけれども

しかし、今の自分>>変える労力 と感じてしまう

僕はこれ以上自分を変えたくない

自然な変化ならいいが

「無理をしてまで変わりたくない」

僕はこのままの僕を世界に受け入れて欲しい

なんというか、「世間にあわす」ということを

最近とても疎ましく感じるようになった

果たしてこれは病気なのだろうか

ニートヒキコモリの気持ちが分からなくもないし

ネットは非常に居心地の良い空間だと思う 人に「あわせる」必要が無いから




これは競争社会におけるドロップアウトになるんだろうか

生物だって物凄いスピード進化している

しかし、それは特殊でなく普通なのである

「その場所にとどまるためには、走らなければならない」というような台詞を聞いたことがあるが

自らの地位を守るだけでも、生物は常に進化せねばならないらしい

ということは

僕のような「進化することを拒絶」した人々は

競争プロセスから脱落せざるを得ない

現在日本において

このような「競争プロセス」から外れた人間は多いんじゃないのだろうか?

何かのニュースで、日本引きこもりは160万人いると耳にした

何故このように、「進化することを拒絶した人々」が増えるに至ったのだろう

周りの進化スピードが加速した

進化スピードに合わせる「義務」が厳格化し、それについていけない人々が増加した

単純に進化を欲しなくなった

その他その他……

近年の「KY」に代表されるような

空気を読む時代」は、我々のような存在をふやす一員になっているのは間違いない

以前は「違う空気には触れない」のが「空気を読む」であったのに対し

近年は「すべて同じく空気にしよう」という同化政策が「空気を読む」という現象になっている

ゆとり教育が目指した「個々を育成する教育」は

何故か「個々を潰す空気」を生み出してしまったわけだが

果たして10年後の「空気」はどのようになっているのだろうか

また、僕ら「進化を拒絶した人々」は

どーなってしまうのだろうか

次回へは続かない

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